古本屋の覚え書き

古い書評&今週の一曲

藤原不比等

 藤原不比等(ふひと)、私は、この人こそ、正に日本の国家というものをつくり出した、隠れたる大政治家だと思う。この隠れた大政治家は、日本の国家の基礎をつくり出すことにおいて、天才的であったが、また、自己の事蹟のあとかたを隠すことにおいても天才的であった。
 日本を支配したさまざまな氏族がいる。蘇我氏藤原氏平氏、源氏、北条氏、足利氏、徳川氏など、そのうち平氏、源氏の支配期間は、ほんのわずか、比較的支配期間の長い足利氏や徳川氏ですら、支配した期間は300年に足らない。しかるに、藤原氏は、鎌足(かまたり)以来、鎌倉幕府成立までの政治の実権をにぎった。その間、約500年として、それ以後も他氏のように完全にほろびたわけではなく、尚且つ、天皇を擁して隠然たる力をもっていたのである。明治維新に到るまで、正に1200年の間、藤原氏は日本第一の、あるいは日本唯一の貴族であったのである。世界の歴史に類例のない権力者であるが、その権力の基礎は、だいたい鎌足不比等の親子によって、つくられたのである。よほど巧みに、彼等は、権力の基礎をつくったわけであるが、従来、このような権力の秘密について、ほとんど説明らしい説明はもちろん、それにたいする深い疑問も起されなかったのである。


【『隠された十字架 法隆寺論』梅原猛(新潮社、1972年/新潮文庫、1981年)】


隠された十字架―法隆寺論 (新潮文庫)