在原業平は元慶(がんぎょう)4年(880年)5月28日、55歳で死んだ。何の病いで、どんな終わりかたをしたのか、くわしいことはわからない。が、その死はかなり突然におとずれたのではあるまいか。というのは、彼はつぎのような周知の辞世を残しているからである。
病(やまい)して弱くなりにける時よめる
つひにゆく道とはかねて聞きしかど昨日(きのう)今日(けふ)とは思はざりしを
死にのぞんで、おそらく、だれもがそう思い知るにちがいない。むろん私も。死の用意というのは、人間にとってこの上なく至難なことなのである。業平のこの歌は、万人にかわって死に対する真情を吐露してくれているといってもいい。
【『生き方の研究』森本哲郎(新潮選書、1987年)】
生き方の研究