古本屋の覚え書き

古い書評&今週の一曲

知覚の無限

 ・戦地で活字に飢える
 ・近藤道生と木村久夫
 ・知覚の無限
 ・酔生夢死

 吸う一息の息、吐く一息の息、喰う一匙(ひとさじ)の飯、これら一つ一つの凡(すべ)てが今の私に取っては現世への触感である。昨日は一人、今日は二人と絞首台の露と消えて行く。やがて数日の中(うち)には私へのお呼びも掛って来るであろう。それまでは何の自覚もなくやって来たこれらの事が味わえば味わうほど、このようにも痛切なる味を持っているものかと驚くばかりである。口に含んだ一匙の飯が何ともいい得ない刺戟(しげき)を舌に与え、溶けるがごとく喉から胃へと降りてゆく感触を、目を閉じてジット味わう時、この現世の千万無量の複雑なる内容が凡てこの一つの感覚の中にこめられているように感ぜられる。(木村久夫、28歳)


【『きけ わだつみのこえ 日本戦没学生の手記』日本戦没学生記念会編(東大協同組合出版部、1949年/岩波文庫、1982年)】


 なぜ我々は日常生活でこのように知覚できないのか? 何が感覚や感受性を鈍らせているのだろうか? 彼と我との違いは何か?