私はK・V・シルヴェンガダム博士という教授が、患者のにおいだけで病名を判定する方法を教えてくれたのを想い出す。糖尿病性のケトン症患者に独特のマニキュア液のような甘い息。焼きたてのパンのようなチフス患者のにおい。気のぬけたビールのような嫌なにおいがする腺病。むしったばかりのニワトリの羽のようなにおいの風疹。肺膿瘍の腐敗臭。ガラス洗浄剤のようなアンモニア臭のある肝臓病患者。(最近の小児科医なら、シュードモナス感染のグレープジュースのようなにおいや、イソバレリアン酸血症の汗臭い足のようなにおいを、これにつけ加えるかもしれない。)手の指を注意深く調べなさい、とシルヴェンガダム教授は言った。肺癌になったとき臨床的な徴候があらわれるずっと前に、指と爪床の角度がほんの少し変化して、その予兆となることがあるからだ。驚くべきことにこの徴候――ばち指形成――は、外科医が癌を切除したとたんに手術台の上で、たちまち消えてしまう。この原因は今日もまだわかっていない。また別の恩師である神経学の教授は、パーキンソン病の診断をするときは目を閉じて患者の足音で診断するようにと、いつも強調していた(パーキンソン病の患者は特徴的な足を引きずる歩き方をする)。このような臨床医学の探偵めいた側面は、現代のハイテク医学のなかでは、滅びゆくわざであるが、私の心のなかにはしっかりと植えつけられている。患者を注意深く観察し、聞き、触れることで、そしてそう、においをかぐことでも、妥当な診断に到達できる。検査はすでに知っていることを確認するために使うだけだ。
【『脳のなかの幽霊』V・S・ラマチャンドラン、サンドラ・ブレイクスリー/山下篤子訳(角川書店、1999年)】