途方もなく巨大な建築物は崩壊の影を投げかけている

 一度、とアウステルリッツは言い添えた。建築物の大きさの順に並べたリストを作ってみるといいのです、この国の建物でふつう以下の大きさのもの――たとえば野中の小屋、庵、水門のわきの番小屋、望楼、庭園の中の子供のための別荘(ヴィラ)――がいずれも少なくとも平和のはしくれ程度は感じさせてくれるのに、ひるがえってかつて絞首台が置かれていた通称首吊り丘、あそこに立つブリュッセル裁判所のような巨大建造物について、これを好きだという人は、まともな感覚の持ち主にはまずいないでしょう。驚くというのがせいぜいのところで、そしてこの驚きが恐怖に変わるのは、あともう一歩なのです。なぜなら、途方もなく巨大な建築物は崩壊の影をすでにして地に投げかけ、廃墟としての後のありさまをもともと構想のうちに宿している、そのことを私たちは本能的に知っているのですから。


【『アウステルリッツW・G・ゼーバルト/鈴木仁子訳(白水社、2003年)】


アウステルリッツ