オバマ米大統領による中国製タイヤに対する特別セーフガード(緊急輸入制限)の発動が波紋を広げている。ピッツバーグで24、25の両日開かれる主要20カ国・地域(G20)サミット(首脳会議)では、経済危機の脱却に不可欠な世界貿易の促進が協議される。その直前に、中国との通商摩擦を激化させ、世界の保護主義的な空気をあおりかねないリスクをあえて冒す形になった。
中国製の安価なタイヤの輸入急増が国内の雇用に打撃を与えているとして、すべての中国製タイヤを対象にオバマ大統領が3年間で最大35%の上乗せ関税の実施を発表したのは、今月11日夜。中国側は世界貿易機関(WTO)提訴や米国製自動車部品などへの報復措置を検討すると表明した。
オバマ大統領は14日の演説で「米国は自滅的な保護主義に進むつもりはない」と説明。この対中セーフガードは、中国のWTO加盟承認をめぐる米中交渉の結果、中国以外の加盟国に認められた条項だ。
中国製タイヤの米市場のシェアは04年の5%から昨年17%に上昇。主に60ドル前後の低価格で量販店などで売られている。
タイヤメーカーの労組が加盟する全米鉄鋼労働組合(USW)が今年4月、特別セーフガードの発動を求め、米国際貿易委員会(ITC)に提訴。ただ、当のタイヤ産業は発動に反対してきた。米紙ウォールストリート・ジャーナルによると、グッドイヤータイヤなど国内主要メーカーは、中国で生産したタイヤを米国で販売。上乗せ関税の実施で値上がりは必至だが、国内では中国製に価格で対抗できるタイヤの生産は無理だ。ブラジルなど他の新興国からの輸入にシフトし、新たな国内雇用を生み出す可能性は少ない。
それでも、大統領が踏み切ったのは「支持基盤でもある労組への政治的な配慮」とアナリストは指摘している。大統領は、発動から4日後の15日、鉄鋼労組が加盟する米労働総同盟・産業別組合会議(AFL−CIO)の年次大会で演説し、改革断行の決意を訴えている。
リスクは未知数だ。「米中摩擦がエスカレートするという認識が広がるのは避けられない。しかも、(G20の直前という)都合の悪い時期に発動された」と国際経済研究所(IIE)のサブラマニアン上級研究員は批判。米国は財政資金の調達を中国に依存しており、債券市場では、中国が米国債購入を控えるという懸念まで一時広がった。
対中セーフガードは「オバマ氏の自由貿易への約束に重大な疑いを引き起こしている」(英誌エコノミスト)のは確かだ。
全米鉄鋼労組の本拠地でもあるピッツバーグのG20で、世界経済の持続的な回復に欠かせない貿易促進は重要なテーマ。ブッシュ前大統領のサミット個人代表(シェルパ)を務めたダニエル・プライス氏は「議長としてオバマ氏は自由貿易をめぐる自らの行動に説明責任がある」と語る。