不可触民は立ち上がった アンベードカルは先頭に立った/『不可触民の父 アンベードカルの生涯』ダナンジャイ・キール

 飲み水を奪われた不可触民は遂に立ち上がった。アンベードカルはその先頭に立った――

 大会初日、数人のカーストヒンズー有志も演説し、被抑圧階級の権利を認め、援助を約した。その夜、大会委員会は出席した上位カースト・リーダーたちの意向を汲み、チャオダール貯水池へ集団行進し、貯水池を開放させることを決めた。翌朝大会委員は二人のカーストヒンズー・リーダーを訪れ、協力を求めた。かれらは異カースト間結婚の条項以外は支持することを誓った。人びとは直ちに貯水池へ向け平和行進を開始した。回教徒、キリスト教徒には開放しながら、同じ宗教を信ずる不可触民には一滴たりとも使わせないという不正に抗議する歴史的瞬間がここに幕を切って落されたのである。
 アンベードカルはその先頭に立って歩いた。彼は遂に人びとを“行動”させることに成功したのである。歴史は行動によって変えられ作られてゆく。彼は自らそれを実行し、人びとを励ました。
 4列縦隊に組んだ1万の隊伍は、胸を張り整然とマハード市の通りを行進し、チャオダール貯水池へ向った。
 アンベードカルは貯水池にの縁に立ち、静かに手を差しのべ、池の水を掬い口にした。人々は次々にそれにならった。デモの一行が平穏に集会場へ戻ってからしばらくすると、街に不穏な空気がみなぎりはじめた。不可触民が街の寺院にも入ろうとしているという噂がどこからともなく立ったのである。この噂にオーソドック・ヒンズーたちはいきり立ち、ならず者も含む多勢の群衆が手に手に杖をかざして街角にたむろしていた。やがて彼等は一団となって集会場を襲った。


【『不可触民の父 アンベードカルの生涯』ダナンジャイ・キール山際素男訳(三一書房、1983年)】


「水を飲むこと」は許したカーストヒンズーであったが、「寺院への立ち入り」は断じて許さなかった。犬が入ることは認められても、不可触民が立ち入ることは認められなかった。不可触民は犬以下の扱いを受けていた。


 ルワンダではフツ族の人々が「ゴキブリ以下」に扱われた。相手を人間として認めなくなった瞬間から「殺すこと」が許される。想像力が停止し、肉体的な苦痛、叫び声、流血を見ても何も感じなくなる。それどころか、快感を覚え始めるのだ。差別された側の人々は「狩りの対象」となる。


 虐げられている側が黙って耐えているほど、差別は堅固になってゆく。差別が人の生死に関わっている事態において、暴力は正当化されるべきだと私は考える。そうしなければ、差別する側の横暴を支える結果となるからだ。法整備が整っておらず、権利が侵され続ける人々がいる以上、誰かが正義を示すしかない。そして弱い者が連帯することによって、初めて社会はゆっくりと動き出すのだ。