古本屋の覚え書き

古い書評&今週の一曲

日蓮の『立正安国論』/『鎌倉佛教 親鸞と道元と日蓮』戸頃重基

 日蓮の思想は右翼に利用されてきた歴史がある。

 ところで、北(一輝)、石原(莞爾)両者とも熱烈な日蓮信者であったわけだし、後述する井上日召日蓮宗僧侶であった。日本の「右翼」とされる人物には日蓮信者が多い。


昭和の右翼思想について

 我々は(変な言葉だが)昭和ファシズム国粋主義者天皇主義者によってもたらされたと習った。だが実際には国策を主導したスーパーエリートらは、国粋主義者天皇主義者というより――或いはそれ以前に――日蓮主義者だったということだ。


【「亜細亜主義と日蓮主義宮台真司


 鎌倉時代にあって国主に諫言(かんげん)を繰り返し、蒙古襲来と内乱を予言した日蓮を、国粋主義につなぐのは容易だ。蒙古の攻撃が神風によって封じられたエピソードを盛り込めば、もう完璧。


 宮台真司のテキストは興味深いものだが、社会におけるパラダイムシフトの有効性に重きを置いたものであって、思想の正当性に言及したものではない。ここ要注意。宮台流のアジテーションであると私は読んだ。

 日蓮の『立正安国論』は、天災地変や内憂外患の根源を思索した結果、とくに法然の念仏を禁止して、国土全体が正法たる『法華経』に帰依しなければ、安国にならないことを諌暁(かんぎょう)する、壮年の血気あふれた論書である。それは、「立正」の確立によってのみ「安国」の理想が実現されることを主張した、破邪顕正(はじゃけんしょう)の論書であった。この論書のなかで、日蓮がとくに法然の念仏を排撃していたのは、念仏が、現実の国土問題に対し、人びとの関心をあの世にすり変(ママ)えてしまうことを恐れたからである。天災地変や内憂外患から、国土の安全を守らなければならないときに、人びとが念仏信仰にひたって、ただわが身の後生(ごしょう)を願うだけにとどまることを、日蓮は極度に恐れていたのである。日蓮の立正安国は、もはや旧仏教の鎮護国家思想のむし返しではなかった。


【『鎌倉佛教 親鸞道元日蓮』戸頃重基〈ところ・しげもと〉(中公新書、1967年)】


 日蓮が他宗を排撃したのは、教団勢力拡張を目的としたわけではなく、現実から逃避し、体制に額(ぬか)づくという、無気力を助長する教えであった。それは、「もはや旧仏教の鎮護国家思想のむし返しではなかった」――この指摘は鋭い。


 この世を否定し、あの世の幸福を説く宗教はおしなべて邪教といってよい。人々から「生きる力」を奪って、知らず知らずのうちに権力者に迎合する態度が身につくからだ。哲学にせよ、宗教にせよ、そこに求められているのは「現実を変革し得る力」である。


 人々を無気力に陥れる本質的な課題は貧・病・争であろう。そして大衆消費社会、情報化社会においては、新たな別枠での貧・病・争が形成される。タテ階層の無限連鎖。これぞ無間地獄。