米国内の格差/『通貨バトルロワイアル』浜田和幸


 金融に関する本は、部分的な価値があればそれでいい。読み物というよりは、情報(データ、仕組み)収集に徹するべきだ。そう考えないと腹立たしくなってくる(笑)。

 アメリカ人労働者は、日本と比べ今や年間3週間も長く働かされているのである。そして労災で死亡するアメリカ人は年間24万5000人にも達する。保険大手のオールステイトが2002年夏に行なった調査によると、アメリカ人の52%は「退職後の生活資金に不安を感じている」と答えている。その割合は前の年に比べて倍増している。
 その一方で、一握りの経営者は膨大なストック・オプションを行使して破格の収入を得ている。かつて古代ギリシャの哲学者プラトンは「指導者と市民の賃金格差が4倍を超えると、その社会は内部崩壊を始める」と説いていた。同じくアリストテレスも「極端な貧富の差は国家の安定を覆す」と警鐘を鳴らしたものである。
 それを踏まえて言えば、今のアメリカの最高経営責任者には一般社員の1000倍以上の収入を得ているケースがゴロゴロしている。
 15年前のアメリカで最高の報酬を得ていたのはクライスラーのリー・アイアコッカ社長で、2000万ドルであった。2001年の最高報酬額はオラクルのラリー・エリクソン会長の7億600万ドル。これらはすべてストック・オプションを行使した結果、手に入れた報酬である。


【『通貨バトルロワイアル浜田和幸集英社、2003年)】


 日本がバブルを謳歌していた頃、アメリカ経済は行き詰まっていた。アメリカ大統領のわかりやすい仕組みは、共和党候補が選ばれると戦争を遂行し、民主党候補が選ばれると経済政策重視となる。


 民主党ビル・クリントンが大統領になったのは1994年。「情報スーパーハイウェイ構想」を掲げ、長期間にわたる好景気を勝ち取った。アメリカは大きく舵を切って、重・鉱工業からIT・金融に重心を移した。つまり、「ものづくり」をやめたということ。黒子はFRB議長だったアラングリーンスパン


 日本のバブルは、BIS規制(国際業務を行う銀行の自己資本比率規制)という銃弾によって倒された(1992年)。8%という自己資本比率には何の根拠もなかった。日本の銀行は貸し渋り貸しはがしせざるを得ない状況となった。バブルが弾けた後、中小企業の社長が次々と自殺をした。


 日本経済は「失われた10年」となる。設備投資は抑制され、リストラと称した首切りがまかり通った。この間、預貯金という膨大な資産がアメリカに流れ込むこととなる。金融機関は投資リターンの高い米国債や米株式を買い漁った。


 この頃、ストックオプションという制度が生まれた。ま、早い話が給料やボーナスの代わりに、自社株を与える仕組みだ。「みんなで自社株が高くなるよう頑張ろう」という経営者にとって都合のいい手法だ。景気がいいと、紙っぺらの価値が高まるというわけだ。


 金融経済の本質は金余りにある。ダブついた資本がマーケットに流れ通うのだ。これが、利子という創造信用によるマジックである。でもまあ、本当は貨幣自体がマジックなんだけどね。お金というものは、「皆で決めた約束事」に過ぎないのだ。だが、物よりもお金に価値を感じるようになると、幸不幸すら金で決まってしまう社会が形成される。


 マクロ経済の視点からすれば、富の不均衡ということになるわけだが、貧しい者にとっては生き死にに関わる問題となる。


通貨バトルロワイアル