中国人民の節度/『青春の北京 北京留学の十年』西園寺一晃

 父は西園寺公一(きんいち)、曽祖父は西園寺公望(きんもち)。西園寺一晃は北京に10年間留学し、文化大革命を目の当たりにする。本書を文革礼賛本と称する向きもあるようだが、底の浅いステレオタイプの類いに過ぎない。一人の日本人少年が何を目撃し、どう感じたかという事実と、文化大革命の功罪は全くの別物だ。「反中」というのは単なる嫌悪感であって、思想ではあるまい。

「あの店はあなた方、外国同志達のためにあるのです。私もあの店の洋菓子がおいしいことを知っています。でも今は食べません。もう少ししたら、我々は今の困難(100年振りの大災害による食糧不足)を克服して6億人民全部がいつでも好きなだけ、おいしい菓子を食べられるようになります。そうしたら食べます。その時は、おいしい菓子が一段とおいしく感じられるでしょうから、その時までとっておきますよ」
 と言って笑った。彼はその日、中国の笑い話やことわざについて色々と話してくれ、僕達を腹の皮がよじれるほど笑わして帰っていった。しかし、彼の前に出されたシュークリームはそのまま残っていた。僕達一家4人は、同じように手をつけなかった菓子を前に、妙に白けた気持ちになった。僕は苦いものを飲み込むようにそれを食べた。少しもおいしくなかった。


【『青春の北京 北京留学の十年』西園寺一晃〈さいおんじ・かずてる〉(中央公論社、1971年)】


 果たしてこれだけの連帯感が我々の日常にあるだろうか。家族の中にだってないことだろう。貧しくても節度のある人と、豊かでありながらも欲望に翻弄される人と、どちらが上等かね。


 バブル経済を経てからというもの、この国には節度や節操はなくなった。そうして国民が選んだのは小泉という男だった。もちろん節度とは無縁の人物だ。小泉は「開き直る」ことに新しい価値を吹き込んだ。今尚、小泉待望論があることに私は驚きを隠せない。やはり、節度はとっくに死滅していたようだ。


青春の北京 北京留学の十年