豊かな語りの文化/『タレントその世界』永六輔


 永六輔による聞き書きシリーズ三部作の一つ。岩波書店から『芸人 その世界』と『役者 その世界』は復刊されているのだが、本書は絶版のまま。岩波に都合の悪い内容でもあるのだろうか?

 講談は読むという。
 義太夫は語るという。
 落語は話すという。
 長唄は唄うという。
 この差を楽しむだけでも日本の芸能は面白い。


【『タレントその世界』永六輔文藝春秋、1973年/文春文庫、1977年)】


 私は永六輔が嫌いだ。虫唾(むしず)が走るほど嫌いである。武田鉄矢同様、あの説教臭さにはうんざりさせられる。多分、リベラルという仮面をかぶった左翼なのだろう。しかし、である。このシリーズは素晴らしい内容だ。言葉に興味のある方は必読。


 日本人が皆、読み書きができるようになったのは明治期以降のことと思われる。するってえと、それまでの日本文化の底流にあったのは「語り」であったに違いない。名調子で聴衆を魅了する――そんな光景がそこここにあったことだろう。今時はもうないね。芸は見せるものとなり、敢えなく映像に敗れてしまった。


 時折、政治家やアナウンサーが「言葉は命ですから」なあんてことをぬかしているが、笑っちまうようね。メディアってのはね、「見栄(みば)えが命」なんだよ。


 テレビがつくる文化は一過性のものに過ぎない。文化と呼べるとすればの話だが。所詮、目立ちたがり屋の連中がテレビ局の台本通り、ドタバタやっている世界だろう。だから私は殆どテレビを観ない。この3ヶ月間ではNHKスペシャルを一度観ただけだ。


 大体文化ってのはさ、それ相応の歳月をかけてコミュニティ内で醸成されるものだ。だから、文明の発達によって移動が自由にできるようになると、文化は破壊される運命にある。


 芸能界とは言うものの、芸らしい芸は皆無といってよい。文化の名残りがあるのは演歌くらいのものだろう。演歌なんぞにはまったく興味のなかった私だが、実は最近「ちあきなおみ」にハマっているのだ(ニヤリ)。


タレントその世界