菊池清麿、小岸昭、佐伯啓思、ロバート・カニーゲル


 3冊挫折、1冊読了。


 挫折1『流行歌手たちの戦争菊池清麿光人社、2007年)/戦争の記述に重きが置かれていて、当てが外れた格好。フォントが大きいのは結構なんだが、ワープロ文字のように味気なく、行間が狭いため読みにくい。44ページで挫ける。


 挫折2『離散するユダヤ人 イスラエルへの旅から』小岸昭(岩波新書、1997年)/amazonのレビューにカネッティの言葉があったので読んでみた。20ページ余りで挫折。最後の方で、マルグリット・デュラスの独訳本『書くこと』の一部が紹介されている。「デュラスは、非ユダヤ人の『書く』経験の中へユダヤ性を深く取り込んでいったフランスの女性作家である」と。


 挫折3『貨幣・欲望・資本主義佐伯啓思新書館、2000年)/資本主義を精神解剖学的アプローチで読み解こうとする意欲作。グローバリズムを経済史から捉え直す。じっくりと腰を落ち着けた論調に、私のような素人はついてゆけない。「佐伯啓思は新書に限る」とつくづく思った次第。


 6冊目『無限の天才 夭逝の数学者・ラマヌジャン』ロバート・カニーゲル、田中靖夫訳(工作舎、1994年)/インドの天才数学者ラマヌジャンの評伝。菊判で上下二段、活字は8ポイントほどで、余白は1cmくらいしかない。これで361ページもあるのだ。文庫本なら3冊程度になるだろうか。嚆矢(こうし)にして決定版の評伝といってよい。ラマヌジャンを取り上げる作家は、必ずや本書をひもとくことになる。網羅することを意図したためと思われるが、読み物としては山場に欠ける。また、余計な情報も散見される(G・H・ハーディが同性愛者だった可能性など)。それでも、敢えて突き放して書かれた客観的な文章から、ラマヌジャンの悲劇が一層際立っている。ラマヌジャンの庇護者であるG・H・ハーディがかくも偉大な数学者であることを始めて知った。20世紀初頭は大人物がキラ星の如く誕生した。