体験が人を変える/『宇宙からの帰還』立花隆

 私は本書で初めて立花隆を知った。『田中角栄研究』(1976年)や『日本共産党の研究』(1978年)が出た頃はまだ中学生であった。


 今となっては既に手垢がついてしまった「知」という言葉も、本書が刊行された頃はまだ啓蒙の薫りを放っていた。「知」は確かに脳味噌を刺激し、攪拌(かくはん)した。

 どんな体験でも体験者を少しは変えずにはおかない。とるに足りない体験はとるに足りないくらいに、小さな体験は小さく、大きな体験は大きくその人を変える。といっても体験の価値的大小は主観的判断だから、ある人ににはとるに足りない体験に過ぎないものが別の人にはその生涯を変えるような体験になるということも、またその逆もしばしばである。


【『宇宙からの帰還』立花隆中央公論社、1983年/中公文庫、1985年)】


 山本周五郎が、「小さな体験から大きく感じ取っていける人が偉い」と言っていたように記憶している。「一を以て万を知る」ということなのだろう。


 仏教の「業(ごう)」という思想からすれば、「体験が人を変える」のではなくして、「体験の集積が自分を形成する」ということになる。ここでも大事なことは、外界の出来事をどう「感」じ、内面からどのように「応」じてゆくかという「感応(かんのう)」である。縁起という羅列の世界は、感応によって生を吹き込まれ、大車輪の如く回転を始める。


 宇宙を体験した人々が激変する。彼等が見た宇宙空間よりも、彼等が感じた世界を知りたいものだ。なぜなら、宇宙飛行士が見たものは、結局のところ自己の内面の豊かさであったと思われるからだ。


 名もなき野の花に心奪われる時、美は花と己心の間に生じる。「縁(よ)りて起こる」のは、対話にも似た交歓の世界だ。