情報が戦局を左右する/『落語的学問のすすめ Part2』桂文珍


「ストレス」という言葉をやたらと聞くようになった後、「情報化社会」と言われ始めたと記憶している。昭和50年代の後半ぐらいだと思う。


 Wikipediaでは、「1990年代半ばにインターネットや携帯電の普及に伴って」としているが、それ以前から人口に膾炙(かいしゃ)していた。バブル経済華やかな頃から「知」ということばが氾濫し、文字通り「知の戦国時代」の到来を思わせた。


 バブル経済の象徴的なエピソードがある。画廊で絵を購入する。で、買ったばかりの絵を、通り一本隔てた向かいの画廊で売ると、それだけで数十万円の利益が出た。土地の価格に至っては、「絶対に下がることはない」という神話に支えられ、上昇する一方だった。


 つまり、だ。「情報」が「金」になる時代が幕を開けたということだ。ここに、それまでの「情報」と決定的な差があるのだ。大体、人間社会というものは古来から、「情報化」されていたわけだからね。


 で、情報といえば、我々ミステリ愛好家が直ちに思い浮かべるのは「諜報活動」である。特に戦時下の情報は時に戦局を左右するほど重要であった。

 例えば、戦争のときに、味方の先に行って敵状を調べてくる「斥候(せっこう)」いうのがおりますね。彼らが調べてきた情報がウソであれば、戦には負けてしまう。だから、間違った情報というのは敵やと、その覚悟でいつも情報の取捨選択というのをぐわーんとせにゃいかんわけですねっ。


【『落語的学問のすすめ Part2』桂文珍新潮文庫)】


「斥候なんて古いよ」と笑うことなかれ。そもそも、戦争で初めて電信が使われたのはクリミア戦争中の1854年のことだった。戦場にいる軍隊をホワイトハウスから指揮したのは、南北戦争リンカーン大統領が最初である(ジェニファー・ウーレット著『黒体と量子猫』ハヤカワ文庫)。


 ワーテルローの戦いでナポレオンを打ち破った功労者は、プロシア軍に正しい道を教えた一牧童であったといわれる。桶狭間(おけはざま)の合戦で今川義元を破った織田信長は、勲功の第一に、義元の移動の情報をもたらし、急襲を勧めた一武将を選んだ。いつの世も「情報は力」であった。


 慎重な態度が必要とされる時もあれば、果断を求められる場面もある。情報の取捨選択は一筋縄ではいかない。そのためにも、普段から「正反対の視点」を失いたくないものだ。


落語的学問のすすめ Part2