古本屋の覚え書き

古い書評&今週の一曲

『ボーン・アルティメイタム』

ボーン・アイデンティティー』『ボーン・スプレマシー』に続く三部作の完結編。原作はロバート・ラドラムの『暗殺者』『殺戮のオデッセイ』『最後の暗殺者』である。映画化されたミステリ作品は数多いが、原作と同じ興奮を味わえる稀有な作品に仕上がっている。しかしながら、タイトルはいずれも最悪で内容が全く窺えないものとなっている。これでは、「ボーン」が人名か骨かもわからないだろう。


 大きな特徴が三つある。一つ目は、ぎりぎりまで短く切り詰めたカットの積み重ねで濃密な動きを示している点である。贅肉(ぜいにく)を削ぎ落として、しなやかな筋肉が現れたような印象もあれば、言葉を削りに削った詩歌のような趣もある。もう一つは、「静と動」を交互に配しながら、いくつもの見せ場をつくっていることである。


 更に見逃せないのは、常に複合的な視点で場面が展開していることである。最も象徴的なのは、ニッキー・パーソンズがCIAの殺し屋から逃げるシーンだ。殺し屋は地上、ニッキーは階上、ボーンが屋上に配されている。また、ボーンの逃走シーンも同様で、追う者と追われる者、そしてCIA本部と、やはり三つの視点で描かれている。CIA本部が神を示し、ボーンがそれに抗っていると読むことも可能だが、これは深読みのし過ぎか。


 ボーンは雑踏の中に混乱をつくり出す天才だ。常に混沌の中から活路を見出す。そして、敵の動きと攻撃を素早く読み抜き、一歩先んじる。群衆の中でCIAと地元警察がボーンに吸い寄せられる。喧騒の中を飛び交う叫び声、そして窓ガラスが割られ、爆発音が轟く様は非日常性を伴っている。見方を変えれば、「祭り」と言っていいだろう。神事を司るのはボーンだ。


 白眉はバスルームでの格闘シーン。誰もが息を飲むスピードで、異様に長く感じるのだが実は1分50秒ほどしかない。私は二度見て、ちゃんと確認した(笑)。短い間に何度も攻守が入れ替わるため、長く感じるのだろう。


「自分を見ろ」「それでも人間といえるか?」――この科白は殺人マシーンの「ジェイソン・ボーン」に向けられたものだ。高層ビルから海に飛び込むボーンに銃声が襲い掛かる。インドで死んだマリーと全く同じ状況だ。マリーと同じくボーンも死ぬのか――ここで凄い手法が取られる。海の中で胎児のように揺らめくボーンの映像の合間に、未来の映像が挿し込まれるのだ。これは、フラッシュバックの逆だからフラッシュフューチャー(または、カットフューチャー)といってよい。海面に波紋が広がる。再び泳ぎ出した男は、ジェイソン・ボーンではなくデビッド・ウェブだった。ニッキー・パーソンズの頬の緩め方も完璧で、前作同様、見事な洒落っ気となっている。


ボーン・アイデンティティー  (ユニバーサル・ザ・ベスト第8弾) ボーンスプレマシー  (ユニバーサル・ザ・ベスト第8弾) ボーン・アルティメイタム


http://www.youtube.com/watch?v=uJ4dFcm4ML0


http://www.youtube.com/watch?v=RfYVV-9YcTQ