残業が家族を崩壊させる


 今、読んでいる『自殺死体の叫び』(上野正彦著)に興味深い事件が記されていた。

 家族といえども、互いの信頼関係が崩れると、どうにもならないところまで転がり落ちていくことがある。きずなを保つには、相手に対する思いやりや配慮といったものが求められる。
 一家は、はたから見れば裕福で幸せそうだった。夫は会社では支店長の要職にあり、妻と3人の子どもと仲よく暮らしていた。一家の悲劇は、中学生の長男が腎臓疾患で亡くなったことから始まった。
 妻は結婚前、一時的ではあるにせよ精神科に入院していたことがある。その後、治癒したということだが、長男の死によって強いショックを受け、精神状態が不安定になり、不眠症から睡眠剤を常用するようになった。
 夫は支店長の仕事が忙しいので帰宅も遅く、長男の死後、深く傷ついた妻の心を慰めてあげられるだけの心遣いも、また、家庭をかえりみる余裕もなかった。ただひたすら、仕事に追いまくられる毎日を送っていた。
 そんな夫に不満が募る一方の妻は、精神不安定の状態が増し、ついにはよからぬことまで考え始めた。なんの根拠もなしに、帰宅の遅い夫には、愛人がいるに違いないと疑いを持つようになったのである。
 ある夜、妻はこの疑念が高じて、会社から帰宅しようとする夫を尾行し、料亭での宴会で愛する夫が酌婦とふざけている現場を目撃した。彼女の心は大きく揺れ、帰宅後に弁解を始めた夫の話など聞き入れようとせず、これに夫が激怒するという形で口論を繰り返し、夫婦仲は急速に冷えていった。
 妻が突然家出したのは、それから数年後の春である。旅先で睡眠剤を多量に服用し、自殺をはかったが、幸いにして未遂に終わった。これを機に、夫婦の不仲問題は、子どもまで巻き込んでいった。
 当時、高校生の長女と中学生の次男の姉弟は、母をそこまで追い込んだのは父であると信じていた。父の不潔な女性関係に憤り、母親へ強い同情を寄せたのである。
 きちんと話し合えばすぐに解けるような誤解に思えたが、夫婦の会話はすぐに口論へと発展してしまうので、和合の糸口はつかめない。逆に、子どもたちの父親不信は募るばかりで、まさに絵に描いたような悪循環だった。
 ある秋の夜、精神的に追い込まれていた妻は、睡眠剤300錠を購入し、これを茶碗に入れて水に溶かし、服用した。長女と次男が学校からほぼ同じ時間に帰宅したときは、母は意識が朦朧としている状態だったという。それを見た姉弟は、後追い自殺の道を選ぼうとしたというから、ここに至るまでにある程度決意は固めていたのであろう。しかし、茶碗は空であり、薬も見つからなかったので、母親の手当てに走り、救急車を呼んだ。
 結局、母親は、意識不明のまま半日後に死亡した。姉弟は、母を自殺に追い込んだのは父であると信じて疑わず、機会があれば後追い自殺を行おうとする言動が見られた。これを問題と考えた父親は、休暇を取り、子どもたちにも学校を休ませ、父と子のつながりの修復に努めた。
 十日後、子どもたちは再び元気に登校し始めた。これが一家の再出発になると父親も安心して出勤したが、それから間もない、亡き妻の誕生日に大きな落とし穴が待っているとは予想だにしなかった。
 この日、いつもと変わりなく、親子は午後11時ごろに就寝した。ところが、ここに姉弟の計画が隠されており、かねてから母の誕生日に後追い自殺を決行するべく打ち合わせを重ねていた姉弟は、父のいびきが聞こえ出した頃に起き出したのである。それから、それぞれ睡眠剤300錠を茶碗に入れて水で溶かし、母親とまったく同じ方法で自殺を決行した。
 死に先立って、ふたりは両親に遺書を書いた。母に向けては、「誕生日にお母さんのもとにまいります。さびしがらずに待っていてください。私がお母さんのお世話をいたします」とあり、父親には「死んだ私たちふたりの体には、触れないでください。母を殺したのはお父さんです」と恨みの言葉を残した。
 どの時点でも主体的な行動の跡が見られない弟は、おそらく姉の言われるままに行動したのであろう。テーブルの上に茶碗と姉が書いたらしき遺書を残し、姉弟はそれぞれの布団に戻った。
 翌早朝、子どもたちが立てる異常ないびきに目を覚ました父は、その寝息が妻の自殺のときと同じであることに気づいた。すぐに救急車を呼び、病院に収容したが、弟はすでに間に合わなかった。昏睡状態だった姉のほうも、結局は覚めることなく、夕刻には亡くなった。姉弟による母を追っての心中である。


 不幸なタイミングが三つ重なった悲劇である。


 1.妻には精神病歴があった。
 2.夫は多忙だった。
 3.子供達は母親の言葉を鵜呑みにした。


 たったこれだけのことが複雑に交錯した時、家族は崩壊し、3人が自殺した。当然ではあるが、夫の会社に過失があったなどとは思えない。普通の会社で、普通に忙しかったのであろう。上野氏が1989年に退任していることから、バブル期以前の事件だったことは間違いないだろう。ただ、会社経営者には、このような事件があったことを頭の片隅に入れておいて欲しいと思う。


 著者はこの後で、「素朴な疑問として残るのは、父親には本当に愛人がいたのかという問題である」と書いているが、結局、想像する他ない。いたとすれば、妻の精神病歴は不問に付して構わないと思う。病気の長男を亡くしたことがきっかけになったとすれば、やはり被害妄想があったのではないか。


 夫の帰宅が遅かったことは、妻の精神をより不安定な方向へと加速させたことだろう。浮気を詰(なじ)られた夫が実際に口論をしたとすれば、これこそが最大の問題だろう。妻の病状を見抜けなかった夫が生んだ悲劇と言ってよい。


 更に、子供達が母親の言葉を信じた背景には、父親とのコミュニケーション不足が見て取れる。多少なりとも「お母さんはおかしい」と思いながらも、「それ以上にお父さんは信用できない」と判断したのではなかったか。


 時に、小さな不信感が人々を悲惨な死に追いやることがあるという点で、記憶されるべき事件だと思う。


自殺死体の叫び (角川文庫)