「変わってはいけないもの」と「変えてはいけないもの」の違い

 日本国憲法が制定されてから還暦を迎えるとのことで、議論がかまびすしい。政界では、まず改憲の手続きが決められようとしている。


 現在、「護憲」を標榜している政党は共産党社民党だけだと思われるが、これについては以前、書いた通り。


平和憲法は変えてはいけない」との主張には、わがままな気分を感じる。どんなものであれ、“よりよく”変えてゆくのが当たり前だ。


 大体、普段「変わってはいけない」とされるのは、精神的な部分であり、時代がどんどん変化している現在、「変えてはいけない」という主張には何の魅力も覚えない。もしも、「変えてはいけないもの」があるとすれば、そんなものは“村の掟”に過ぎないだろう。


憲法は変えたっていいんじゃない? ただ、どう変えるのかが心配」――大多数の国民はこう思っている。私もそうだ。そもそも、読んだことがないからねえ(笑)。


 宮台真司氏がわかりやすく講義をしてくれていた――


 これは勉強になる。ただ、最後の部分は胡散臭い。

 それには、国民の8割が投票して8割が賛成するといった圧倒的意思が、示される必要があります。低投票率でも憲法改正ができる与党の国民投票法案では、国民意思の集約にならない。


 つまり、宮台説だと、0.8×0.8=64%ということになる。過半数より多目ってことか? 多分、政治家の馬鹿さ加減にウンザリしていて、こんな結論になったものと思われるが、現実的には無理な話だろう。


 選挙にせよ、国民投票にせよ、「投票しない自由」はもちろんある。また、担保されてしかるべきだ。白票も同様。ただし彼等は、自分の意思表明を放棄しているのだから、その行動は「いかなる結果にも従うもの」と判断すべきだ。


 私なんぞは、投票率は低いほどいいと考えている。その分、私の一票の重みが増すからだ(笑)。