古本屋の覚え書き

古い書評&今週の一曲

向井潤吉

 向井潤吉の絵を初めて見た。全くの偶然だった。たまたま、足を運んだ美術館内の一角に数点が展示されていた。僥倖(ぎょうこう)といっていい。


 いずれも、日本の古い萱葺(かやぶ)き屋根の民家を描いていた。小振りな絵だが、顔を近づけると驚かされる。絵の具がベッタリと固まっているのだ。離れて見ると、水彩画の趣がありながら、その実体は完全な洋画。タッチが何とはなしに、私の好きなトレンツ・リャドを思わせる。


 向井潤吉が描いてみせたのは、単なる民家ではなかった。萱葺き屋根に覆われた家族の息遣いであり、生活そのものだった。主題は“生の営み”だ。大自然と人間との共生を、見事に描き切っている。


 何にも増して凄いのは、柔らかな光と、清冽な大気までを表現しているところ。目を凝(こ)らすと、極めて簡素化された筆づかいでありながら、ここまで巧みに表現できるものかと感嘆させられる。


 向井は旅する画家だった。アトリエに閉じこもることを潔しとしなかった。キャンバスに託されたのは、自然と人間へ語りかける心だった。