古本屋の覚え書き

「ただ独り、不確かな道を歩め」エリアス・カネッティ

帰ってきた少年A

 神戸小学生殺傷事件の犯人とされた少年Aが医療少年院を仮退院した。報道を見る限りでは、確かに更正したように見受けられる。犯行当時、14歳だった少年は、21歳の青年となっていた。


「7年は短過ぎる」「たった7年で本当に更正できたのか?」といった論調も目立つ。私は、14歳の少年にとって、7年という歳月は決して短いものではないと考える。訳知り顔の大人が、自分の人生の尺度で軽々しく発言しているようにしか思えなかった。


 少年によって殺害された山下彩花ちゃんのお母さんである京子さんの談話が見事であった。代読した弁護士が声を詰まらせるほどの深い思いが込められていた。少年は山下京子さんの著作も既に読んでいるようである。


 何事にも賛否両論があって然るべきだろう。ただ、少年Aを見る眼差しは、そのままその人が人間を見詰める眼差しと同じ地平にあるように感じる。どうせ、いつかは我々が生きる社会に戻ってくるのだ。こっちが問われているのは、「それでも、人間を信じてみせる」というある種の覚悟であるような気がしてならない。


 被害者や加害者の家族や関係者のことを思えば、こうした言動自体がどこか軽々しく、空々しいものとなりかねないが、それでも私は、少年が生まれ変わったように生きてゆける可能性を信じたい。

山下京子さんの談話


 このたび神戸連続児童殺傷事件の加害男性が仮退院したとの情報を、関東地方更生保護委員会よりご通知いただきました。


 いつかはこの日が来ると頭の中では理解していたものの、現実にこの日が来た今、とても複雑な思いでいます。


 男性が医療少年院で確実な矯正教育がなされたものと信じたい半面、あれほど残虐な行為をして、わずか6年という時間で人間の心を取り戻し、まっとうな社会生活を営めるのかということに疑問を感じているのも否定できません。


 加害男性に対して私個人としては、「社会でもう一度生きてみたい」と男性が決心した以上、どんなに過酷な人生でも生き抜いてほしいと思っています。


 そうは言っても、私は決して犯罪者に寛容な被害者ではありません。また、決して罪を許してもいませんが、彩花ならきっと、凶悪な犯行に及んだ彼が、それでもなお人間としての心を取り戻し、より善(よ)く生きようとすることを望んでいるように思えます。彩花のためにも、彼には絶望的な場所から蘇生してもらいたいのです。


 罪を自覚すれば、当然苦しくつらいことでしょう。しかし、「自分はなぜこんなに苦しまなければならないのか……」との思いを突き詰めれば、あの事件にたどり着くはずです。それでも決して逃げないでほしい。


 私たちに対する謝罪とは、もう二度と人を傷つけず、悪戦苦闘しながらも茨(いばら)の道を生き抜いていくことしかないと私は考えています。悪戦苦闘といっても制裁を加える意味のヒステリックな「苦しめ!」とはニュアンスが違います。


 現実社会は決して甘くはありません。そして、平穏な日々ばかりの人生ではないでしょう。それでも、人間を、生きることを、放棄しないでほしい。それこそが私たち遺族の「痛みと苦しみ」を共有することになるのです。


 なぜなら、私たちも悪戦苦闘しながら、嵐の中をもがきながら自分の道を歩いているのですから。


 子どもがかかわる事件が起こるたびに、子どもを取り巻く最大の環境である私たち大人が、今一度「自分はなんのために生きているのか」を真剣に問い直さなければならないように感じます。そして、行き詰まった死生観を立て直すことや、「子どもの幸せのための教育とは何か」を深く思索していくことが根本的な解決の方途ではないかという感を強めています。


 これからは、「彼が更生する、しない」ということだけに固執するのではなく、むしろ、つらい体験を使命に転換すべく、私自身が社会に深くかかわり、自分なりに社会に貢献することにエネルギーを注いでいきたいと思っています。


毎日新聞


山下京子