新宿のとある大きな書店でのことだ。
私の右側に若い母親が立っていた。まとわりつくように二人の少女。まだ、学校には上がってないほどの幼さだった。4歳か5歳と思われる上の子が母親のシャツの袖を引っ張った。
「ねえねえ」と落ち着いた声。
「この間、おかあさんが探してるって言ってた本、なんだっけ? ここならきっとあるよ。わたし、探してくるから」
若い母親は「いいわよ」と邪険な返事をした。
二人の少女は、本の題名を聞くこともなく小さな身体を躍らせるように走って行った。題名を聞いたところで彼女達には文字が読めなかったことだろう。
しばらくすると、息堰(せき)切った二人が母親の元へ戻ってきた。上の子はポツリと「なかったよ」と呟いた。母親はこれを無視。「なかったに違いない」と私は密かな確信を抱いた。
少女二人を見下ろしたままの姿勢で私はニヤリと笑った。少女は共にキョトンとしていた。
ただそれだけの、夏の終わりに差し掛かった土曜日の夕刻である。