ドイツでは捨て子対策として「置き去り箱」が設けられた。1年前に初めて設置されたハンブルクでは、既に6人の赤ちゃんが。37度に保たれた小さなベッドに赤ちゃんが寝かされると、近所のボランティア宅のアラームがなるという仕組み。
「出産した人が育てない子どもは、社会全体で受けとめればいい」とは昨秋、設置した病院スタッフの弁。
【朝日新聞 2001-05-18付】
▼変貌しつつある社会が、また新たな顔を見せた▼ことの是非よりも、それで救われる母親がいればよしとするか▼母になることを拒否する背景には、どのような事情が存在するのか▼私達が“当たり前”と思って、疑いもしなかったことが、確実に変容してきている。
5月17日、旅先の中国で團伊玖磨氏逝去。36年間の長きにわたって『アサヒグラフ』に連載された『パイプのけむり』。同誌休刊のため連載を終えた時、「敗戦から立ち上がったこの国が、今のようにうちしおれてしまったのは、なぜなんだろう。まだまだ書きたいことはある」とつぶやいたのが忘れられない。
【朝日新聞夕刊 2001-05-18付】
▼『パイプのけむり』は私も好きだった▼ある対談で文化について、発信するということについて、熱気のこもった持論を展開されていた。衝撃的な内容だった▼志に生きた作曲家は走りに走り抜いて一生にピリオドを打った。
霊長類の行動研究からみると「子虐待は人類滅亡への第一歩」となるらしい。「人間と動物の行動を単純につなげるのは危険だが」と前置きして筆を執るのは杉山幸丸・東海大学人文学部長(霊長類学)。生物の使命は、自分の持っている遺伝子のコピーをたくさん残すこと→現代では、子孫を残すことよりも親の個人としての生活が優先されている→これは絶滅の道である、という内容。まあ、かなり割愛しちゃったけどね。
で、興味深いのはここから。集団から隔離されて育ったサルは、子育てばかりか、あいさつも性行動もできなくなる。あいさつができないと、同じ年頃のサルと調和のとれた遊びができず、一緒にいるのだが誰とも無関係に行動し続ける。衝突しても抑制がきかない。また、合意の性行動ができなくなり、交尾はできたとしても適切な育児ができない。乳を飲むわが子を胸から引きはがし、泣き叫ぶ赤ん坊を地にたたきつけ、死なせることもあるという。こうしたことは文化であり、学習を必要とする。インターネット社会は、この隔離飼育症候群をますます激化させることになろう。
【朝日新聞夕刊 2001-05-18付】
▼かなり説得力があると思うが、いかが?▼で、これからどうすりゃ好いんでしょうかねえ▼社会の仕組みをすぱっと変えるのも簡単そうじゃない▼子虐待を逆手に取って、これで社会の仕組みを見直してはどうだろう▼まず、駆け込み寺みたいなセンターをつくる▼同時に地域のネットワーク体制を設ける▼子供の悲鳴が聞こえたら、直ぐに連絡できるラインを用意しておく▼小学生や中学生のボランティアで幼い子供の面倒をみるのも好いかも知れない▼今後も核家族化は避けられないだろうから、たまに、合同生活を営むのはどうだろう。子育てのための合宿。5家族が共同生活すりゃ、少なくとも5人兄弟ぐらいにはなる▼なにか名案がないかしら?
池田高校野球部元監督・蔦(つた)文也氏逝去。4月28日。攻撃的な野球と、その風貌から“攻めだるま”とあだ名された。授業中であっても、酒席であっても、口を開けば野球談義。人生を野球に捧げた氏は、練習試合を優先し、4人の子供の結婚式を全て欠席した。
【朝日新聞夕刊 2001-05-21付】
▼「そこまでする必要があるのか」という声が聞こえてきそう▼彼には、あったのだ▼「いや、だけど子供の結婚式ぐらい」と誰しも思うだろう▼出席したところで、チームの力が落ちるわけでもあるまい▼結婚式の欠席を決めるまでに、彼はそれほど迷わなかったに違いない。むしろ、あっさりと決めたのではないだろうか▼野球に生きることを決めた彼は、寸分の妥協も許せなかったのだ▼休日の予定を選択する次元の問題ではない▼それは彼の生き方だったのだ。というよりも、彼はそう生きたのだ▼4人の子供は呆れ果てながらも、父を誇りに思ったことだろう。▼父親としてはどうかわからないが、男としては立派だ▼こんな激しい生き方は、内助の功なくしてできるものではない。破天荒な夫の陰に賢婦人あり、と私は見た。
・超一流の価値観は常識を飛び越える/『嬉遊曲、鳴りやまず 斎藤秀雄の生涯』中丸美繪