あのカオルちゃんが主役である。生存している間に一度お目にかかりたいものだ。ただし近距離は遠慮したい。非合法地帯というか、暴力による民主主義とでもいう他ない岸和田が舞台。私もそれなりに悪い人間は見てきたつもりだが、中場の作品に触れると品行方正だったことを思い知る。中場と小鉄のコンビも悪いが、岸和田でヤクザが避けて通り、警察も恐れるカオルちゃんである。毎度のことながら「こんな暴力を許してなるものか」と思いながらも、「プッハアァーーー!」とけたたましい笑い声を抑えることができない。
のっけから全快である。まだ中学生だった中場・小鉄コンビがヤクザ者に喧嘩を売る。ヤクザは5人。こいつらの喧嘩は実に早い。中場があいさつがわりに耳の下を殴りつけ、両耳をつかんでは鼻に頭突きをくらわせる。一方、小鉄はチェーンを振り回して、ヤクザの頬を血まみれにする。立て続けにミゾオチがアバラの骨にめり込むほど蹴り上げる。そこにカオルちゃんの登場である。「くわーっ、ぺッ」と痰を吐きながら歩く音がカオルちゃんのトレードマークなのだ。一瞬にして「風が舞い、男たちも舞った」。その時だった。警笛が鳴り響き、警官二人がやってきた。
「こらー、そこで何をしとるかあー」(中略)
「なんか用かい、おう」
「あらァー」
「うわっちゃあ、カオルやー」
いせいよく走ってきたものの、二人の警官は相手がカオルちゃんだとわかると、かなりはなれた所で止まってしまった。
「こらあカオルぅー、ケンカはやめろー」
大声を出して言った。警棒の上にのっていた手は、すでに拳銃カバーの方へと移動していた。
「どうしたんだ、何があったんだあ」
警官たちは遠くから首を伸ばして、カオルちゃんの足元にたおれるヤクザたちを指さしていた。
「うるさいスピッツがおったから、キャンて鳴かしちゃったんじゃい。もんくあるか、おう」
「ないない」
言いながらも警官たちは、駅前交番の方へ少しずつ下がっている。
全編この調子である。更に、カオルちゃんを多彩な形容で読者にわかり易く伝える。
・なぐってもあたりにくい小さな顔と、なぐれば必ずあたる大きなゲンコツを持ったカオルちゃん。
・千年杉のような首
・ハナクソを丸めて飛ばすだけで窓ガラスを割ったといわれる人のゲンコツである。
・バナナのような指やツルハシのようなヒジもある。
・ズワイガニをそのまま食べるとウワサされる奥歯
機動隊と日常的にケンカをし、連行されるや、並みいる刑事をのしまくり、挙句の果てには警察署に火を放つような人間がとてもこの世のものとは思えない。
妙な遺恨がないせいでカラッとしている。これほど血生臭い場面の連続でありながらも笑わせるところが関西の懐の深さか。