古本屋の覚え書き

古い書評&今週の一曲

作家の声


 抑制された爽やかな声だった。論旨も明快。整然とした話し方だ。学生からの質問に対しても、一旦は質問者を持ち上げておいてから、自説を諄々と説く。ユーモアもあり、リズミカルに笑い声を誘い出している。少し耳を慣らすと、口吻(こうふん)に締まりがないことに気づく。育ちのよさが現れたものだろうか。はたまた、誰もが耳を傾けてくれることに甘えた仕草なのだろうか。写真で見た風貌から勝手に精悍なイメージを抱いていたが、やや覆された感がある。


 丸山健二が嫌悪している三島由紀夫その人である。1968年(昭和43年)、早稲田大学で行われた講演と質疑応答の録音を聴いた(『学生との対話』新潮カセット・講演/1988年発行 2880円)。「盾の会」結成の2日前。この講演から2年後に割腹自殺を遂げる。


 どこかで似た話し方を耳にしたことがあるなと記憶を辿ると、石原慎太郎に思い当たった。ふむ、確かに似ている。政治信条も同じだしね。


 政治から経済へと季節替わりをする時代の背後では、熱に浮かれた学生がゲバ棒を振り回していた。こうした時に学生の中へ分け入り、差し向かいで対話を遂行したことは評価に値する。文学の山と政治の峰が、まだ両目に映る範囲にあった時代の寵児(ちょうじ)といえるだろう。


 私は三島の作品は2〜3作しか読んでいないが、生前の声を聴き、ふと彼の体温を感じたような気にさせられた。

追記


 数日後、拙宅を訪れた友人にこのカセット・テープを聴かせ「誰かに似てると思わない?」と質(ただ)したところ速攻Aクィックで「慎太郎でしょ」との答えが返ってきた。こうなってくると瓜二つと言ってもよいかも知れない。