空気


 丸山は映像に対抗し得る世界を常に書き表そうとしている。この作品を映像化するとどうなるだろう? 私なら、朗読中心のスライドにする。まずは1000人の読み手を選別し、それから数千枚の写真撮影をさせる。音楽は少な目にし、大自然の音をふんだんに取り入れ、所々に効果音を挿入する。誰もが知っているクラシックや、昔、流行したヒット曲を挿入しても好い。世一は飽く迄も遠景でのみ捉え、顔は写さない。体のアップや影の全体を出すのも好い。


 そんな夢想に耽りながら今日も読み進める――。

 私は空気だ。


 万物が誇らかに独立し、全体と調和し、あるべき姿を現している。この現実世界に馴染まないのは人間だけだろう。余りにも甘ったれた、狂った存在。甘え過ぎ、狂い過ぎた結果が破壊へ直結する。同類同士であってすら上手くゆかない困った存在。もし神がいたとすれば、ほとほと手を焼いていることだろう。あるいは「失敗だった――」などと弱音を吐いているかも知れない。


 うつせみ山で浄化され、うたかた湖によって適度な湿り気を与えられた空気は「理想に近い配合(同頁)」との自負をひけらかし「一気にこの世へ躍り出た太陽が、純然たる光の矢を次々に射て、私に多彩な輝きを与える(同頁)」。


 都会の空気は工場から吐き出された異臭を伴うガスのせいで澱(よど)み、更には、そこに棲む人々の邪悪な呼吸によって汚染されている。真っ黒な空気は「光の矢」を撥(は)ね返し、発癌性を誘引する紫外線だけが届いている。都会で寿命を削るほどのストレスに耐え、一日に何度も煮え湯を呑まされるような立場に追い遣られる彼等は、煙幕を仕掛けられた舞台で踊らされる人形達だ。

 人々はけものの眠りから醒め、私をせいいっぱいに吸いこみ、胸のうちに蟠(わだかま)っている、残忍で、よそ事とはとても思えぬ悪夢の残骸を吐き出し、いっぺんに現(うつつ)へと立ち戻る。


 外からは窺(うかが)い知れない夢の世界は安穏だ。日常の仮面を外し、全く自由に振る舞うことができるのだから。意識下の深層では、どす黒い焔(ほのお)が燃え盛り、勢い余って自分すらも焼き尽くしかねない。傷付け、殺し、盗み、犯し、ほしいままに発散する欲望は、彼等の寝顔を苦悶に染める。眉間に刻まれた皺は、深淵の如き深さを湛(たた)えている。空気が無ければ、我々はその暗黒に永久に置き去りにされてしまうだろう。小さな死ともいえる眠りの世界と現実をつないでいるのは、まさに空気だ。ひょっとすると肺が空気を吸い込んでいるのではなくして、空気が肺を押し広げているのかも知れない。


「私は、植物と動物を、動物と鉱物を、鉱物と植物をしっかり結びつけるために、液体と固体を融和させるために、生と死を仲違いさせないために、仲介の労をとる」。そして「いつ死んでも詮方ないと家族に思われている少年」と「籠のなかにいながらにして大宇宙を掌握するオオルリ」のために「オゾンをたっぷりと降り注ぐ」。

 世一という少年は、断じて私を汚す者ではない。


 世一はまほろ町の空気と共にある。同じほどの存在感をもって。



千日の瑠璃〈上〉 (文春文庫) 千日の瑠璃〈下〉 (文春文庫)