ある冬の断面


 太陽の軌道が低い季節になると、ここ東京では抜けるような青空が見えるにもかかわらず、ビルの影が街を覆い隠す。高台を走る電車に乗ると、林立する高層ビルの背が陽光を浴びて眩しい。都会では、目に映る本物の太陽ですらバーチャルな存在だ。惜し気もなく発せられる光は届かず、温もりすら感じることができない。影に追いやられた人間どもは、真っ昼間から蛍光灯の下であくせく働き、空調機は快適な温度を保つために二酸化炭素をまき散らす。都会の空は辺りを圧する建物に遮(さえぎ)られて3分の1も見えない。眼に映るのはビル影を無言で歩き回る無表情のサラリーマンたち。


 彼等が幸運にも定時で帰路へ向かう頃、同じく一日の努めを終えた太陽はとっくにビルの向こうに沈んでいる。いや、今日に限って言えば沈みっ放しだったかも知れない。この街では人々の顔が夕焼け色に染まることは断じてない。政治に無関心になって久しい人々は、今夜のテレビ番組の選択に余念がない。誰の人生を生きているのか忘れ果てた連中を、ひときわ高いビルからこっそり顔を覗かせた左半分の月が見つめる。


 冬の太陽が、ここからは見えぬ海にゆっくりと沈む頃、ネオンが輝き出す。暮色は人間を暗く染め、風景の一部に塗り込めようとしている。ネオンの光が人間の顔を一層暗くする。ネオンよりも輝く魂の持ち主は一人も見当たらない。「今頃気づいても遅し」と言わんばかりに電飾看板が明滅し、一層華やかな光を発する。「もっと光を」ゲーテがいまわの際に放った言葉が浮かぶ。しかし、彼が欲したのは、原子炉の熱エネルギーがタービンをフル回転させて発する電力が生んだものではあるまい。地軸の傾きと、折からの不況と、空々しい蛍光灯が一致団結して寒さを盛り上げる。


 夜の光は邪(よこしま)だ。疲れ切った表情をより醜悪なものにし、浅いシワに深い影を落とし、生気のない顔色を青白く染める。生き生きと動き出すのは、ポケットの中でナイフを握り締める少年達と、白い粉の売り買いに奔走する致死をも恐れぬ若者達。


 大型光学赤外線望遠鏡「すばる」が撮影した100億光年彼方の星の光は届くべくもなく、月光がサーチライトのように一隅を照らす。


「陽光を浴びずして咲く花はない」と地球の裏で太陽が叫ぶ。