『マルコス ここは世界の片隅なのか グローバリゼーションをめぐる対話』イグナシオ・ラモネ/湯川順夫訳(現代企画室、2002年)



マルコス・ここは世界の片隅なのか―グローバリゼーションをめぐる対話

 サパティスタの活動理念や「グローバリズム」を巡る世界情勢の分析などを、副司令官マルコスと外国のジャーナリストが平易な口調で語る。新たなオルタナティブを求める運動を知ろうとする人のための入門書。

東日本大震災:「顔が水より冷たく…」 被災児童が日記

「お父さんが軽トラでもどっていった姿を見ました。津波にのみ込まれませんように。そう祈っていました」。巨大地震と大津波が東日本を襲ったあの日、子供たちは何を見、その後をどう生きたのか。岩手県山田町の町立大沢小学校を3月に卒業した箱石佑太君(12)が毎日小学生新聞に寄せた体験日記には震災と向き合う姿が率直につづられていた。

3月11日


 卒業式の歌の練習をしていました。とてもゆれの大きい地震が来ました。最初は単なる地震だと思っていました。大津波警報が出ても、どうせこないと思っていました。来たとしても10センチメートル程度の津波だと思っていました。全然違いました。ぼくが見たのは、国道45号線を水とがれきが流れているところです。お母さんとお父さんが津波が来る前に大沢小に来ているところは見ました。だけどその後、お父さんが軽トラでもどっていった姿を見ました。お父さんのことが不安でした。車を運転しながら津波にのみ込まれませんように。そう祈っていました。

3月18日


 津波から1週間。お母さんは、もうこんなに日がたっているのに、まだお父さんが見えないとあきらめていました。じいやんは泣いて「家も頑張って建てるし、おまえたちだってしっかり学校にいかせられるように頑張るから、お父さんがもしだめだとしても頑張るからな」と言っていました。

3月23日


 卒業式でした。「ありがとう」の歌を歌っている時、お父さんに「お父さん、お父さんのおかげで卒業できたよ。ありがとう」と頭の中で言いました。そしたらなぜか、声がふるえて涙が少し出てきました。その夜、こんな夢を見ました。お母さんとお父さんが宮古のスーパーマーケットから帰ってきた夢でした。

3月25日


 親せきの人の携帯に電話がかかってきました。内容は、お父さんらしき人が消防署の方で見つかったということでした。急いで行ってみると、口を開けて横たわっていたお父さんの姿でした。ねえちゃんは泣き叫び、お母さんは声も出ず、弟は親せきの人にくっついていました。顔をさわってみると、水より冷たくなっていました。


 ぼくは「何でもどったんだよ」と何度も何度も頭の中で言いました。「おれがくよくよしてどうすんだ」と自分に言いました。でも、言えば言うほど目がうるんでくるばかりです。お父さんの身に付けていたチタン、東京で買った足のお守りや結婚指輪、携帯。そして驚いたのが時計が動いていたことです。お父さんの息が絶えた時も、津波に飲み込まれている時も、ずっと。お父さんの時計は今はぼくのものになっている。ぼくがその時計をなくしたりすることは一生ないだろう。

3月26〜27日


 見つかった時のお父さんの顔。まだ頭のどこかで見なきゃよかったと。でも見つかったおかげで火葬もできるし、お父さんをさわることができた。お父さんの体は水を飲んだのか胸がふくらんでいるだけだ。やっぱり見つかってよかった。

3月28日


 きょうは火葬の日。ぼくとねえちゃんとお母さんとけいじろうは、手紙を書いて、お父さんと一緒に入れてやりました。拝んでいる時ぼくは「箱石家は頑張って継ぐからまかせて」と言いました。お墓に骨を埋めるまで、ぼくに骨を持たせてくれました。骨をうめてホッとしました。

4月7日


 きょうは、ありがたいと心から言える日でした。お父さんとぼくたちの記事を見て、お父さんが東京マラソンを走った時の写真とお手紙を新聞の人が持ってきてくれました。ぼくたち家族に贈る言葉や、さらにはぼくに贈る言葉の手紙もありました。やっぱりお父さんはすごい。今日は本当にありがたい日だ。


毎日jp 2011-04-25

東日本大震災:2日前のプロポーズ 「はい」と言えず…

 東日本大震災で被災し、宮城県南三陸町の県立志津川然の家に避難している成沢公子さん(34)は、行方不明の自動車販売店勤務の男性(52)と再会する日を待ち続けている。離婚歴がある二人。震災の2日前にプロポーズされ、新たな人生を歩もうと誓ったばかりだった。成沢さんは3人の子供を抱えるが、病院事務の仕事も失った。「自分の半分がなくなってしまった感じ」。心の空洞が広がるのを止められない。


 成沢さんは3月9日、自宅で男性と会っていた。以前からの知り合いで、離婚後に付き合い始めて2年。お互い口に出さなくても次のステップを意識していた。この日、男性はいつもと変わらなかったが、帰ろうとした時、玄関で体を引き寄せられた。耳元で「老後は一緒にいようね。おれが守るから」と告げられた。成沢さんの答えは「またそんな期待させるようなこと言って」。照れ隠しで真剣に答えなかった。顔を見て話した最後の会話だった。


 震災から約1カ月たっても成沢さんの自問自答は続く。「あの日『はい』と言えなかった。言っていたら何か変わっていたかな」


 つらくなると携帯電話のメール画面に目がいく。地震直後の11日午後2時50分の受信メールは「地震大丈夫?」と成沢さんを心配する内容だった。「大丈夫じゃない。怖い」と返信すると、自宅にいる両親の様子を見てくると伝えてきた。その後も「大津波警報が出たから、海に近づかないで」と送信してきた。午後3時57分に「両親は大丈夫?」と尋ねて以来、返信はない。


 助かった男性の両親によると、男性は自宅に立ち寄った後、会社に戻ったという。今月中旬、男性の乗用車が会社から約100メートル離れた川の縁でつぶれた状態で見つかった。行方不明者届を出したが手掛かりはない。


 成沢さんは「うそ。絶対(私を)置いていくはずがない」と自分に言い聞かせる。両親に男性の存在を打ち明け、互いの子供たちと一緒に暮らそうと決断した。その直後だけに「自分の中の半分がなくなってしまった感覚」が膨らんでいく。


 病院も被災し、失業した。「子供がいるからしっかりしなきゃ」と奮い立たせても落ち込むことを繰り返す。気持ちが沈むと、男性が「おれが守る」と言った声がよみがえる。そして少しだけ顔を上げられる。「ある日『連絡取れなくてごめんね』と会いに来るって信じられるの」


毎日jp 2011-04-25

ジェーン・グドール


 いやはや本当に素敵な女性だ。目の輝きが何ともいえない。






心の窓―チンパンジーとの30年 森の旅人 (角川21世紀叢書) アフリカの森の日々―わたしの愛したチンパンジー

リビアで少女らへの性的暴行横行か、国際NGOが調査結果公表

 子どもたちに国際援助を行う非政府組織(NGOセーブ・ザ・チルドレンは23日、カダフィ政権軍と反体制派の戦闘が続くリビアで、10歳未満の少女を含む子どもたちが性的暴行を受けている実態を明らかにした。


 同団体は、反体制派の拠点都市ベンガジにある6カ所の避難民キャンプで、約300人の子どもらを対象に聞き取り調査を実施。過去4週間の間に、ラスラヌフやアジュダビヤ、ミスラタの各地で、性的暴行を受けたり、殺害の現場を目にしたとの報告を受けた。


 調査を行ったマイケル・マールト氏によると、子どもたちやその家族らは「兵士」が暴行を行ったと話しているものの、同団体は政権軍と反体制派のどちらの兵士かは明らかにできないとしている。


 アジュダビヤの戦闘から逃れてきた母親らは、4〜5人の10代の少女が誘拐され、4日間監禁された状態で性的暴行を受けたと証言。さらに同じアジュダビヤで、8歳の少女が10歳の姉やほかのきょうだいの目の前で性的暴行を受けたという報告もあった。


 マールト氏は、性的暴行の事実は確認できていないとしながらも、事件には一貫性があると指摘。「キャンプで聞く話は非常によく似ている。そのため、(性的暴行は)事実だと確信している」と述べた。


 また同団体によると、暴力の対象は子どもだけでなく大人にも及んでおり、複数の子どもが自分たちが暴行される前に、父親が殺害され、母親が性的暴行を受けるのを目撃したと話しているという。


ロイター 2011-04-23

Tete−La Pudeur


 最近知ったフランスのシンガー・ソング・ライター。セネガル生まれ。乾いた風のように軽やかな歌声が印象的。既に大器の風格がある。フランス語表記なので正確には「Tété」だが、ブログ内検索の都合上、英語表記としておく。




ア・ラ・ファヴール・ドゥ・ロートン


投資家による売買が価格変動を引き起こす

 短期的な価格変動の多くはランダムでもないし、経済ファンダメンタルズによって引き起こされるわけでもない。投資家による売買がそれを引き起こすのだ。


【『ギャンブルトレーダー ポーカーで分かる相場と金融の心理学』アーロン・ブラウン/櫻井祐子訳(パンローリング、2008年)】


ギャンブルトレーダー――ポーカーで分かる相場と金融の心理学 (ウィザードブックシリーズ)

休暇をとるには殺した相手の耳を持ち帰らなければならないことになっていた

 中にはそういうことが好きな奴もいた。たとえば、ミッチェルという男がそうだ。彼は大男で、6フィート以上もあった。彼は第一師団で優秀な兵士として知られていた。決して口答えしなかったし、言われたことは何でもやった。彼の主たる任務は、広域パトロールだった。それは特別な訓練を受けた兵隊で構成される特別な仕事だった。彼らはヘリコプターで運ばれてある地域に降下させられるが、ひとりひとりがある種の任務を持っていた。彼らは捕虜をつかまえ、それを連行することになっていた。すると彼らは無線でヘリコプターを呼ぶのだ。そしてヘリが、連中をひろい上げる。ところでこのミッチェルという男は完全にその仕事に打ち込んでいた。彼はつねに斧を携帯していたが、刃をまるで剃刀のように研いでいた。そして彼は薮の中にひそんでいる相手にそっとしのび寄ると、生きたまま連行するかわりに、その首を切り落とす。そして、その首を袋につめて持ち帰るのだった。第一師団では、一定数の敵を殺した者には3日の休暇が与えられたが、それには殺した相手の耳を持ち帰らなければならないことになっていた。ミッチェルは首を持ってくるのだった。とにかくそうやって休暇が与えられると、あまり戦闘の行なわれない場所に送られる。たまたま臼砲の攻撃ぐらいしかない海岸のようなところだが、そこには娯楽施設があった。ミッチェルはしょっちゅう勲章を与えられていた。(ジミー・ロバーソン)


【『人間の崩壊 ベトナム米兵の証言』マーク・レーン/鈴木主税〈すずき・ちから〉訳(合同出版、1971年)】


人間の崩壊 ベトナム米兵の証言