人間には戦争せざるをえない攻撃衝動があるのではないかというアインシュタインの問いに答えた表題の書簡と、自己破壊的な衝動を分析した「喪とメランコリー」、そして自我、超自我、エスの三つの審級で構成した局所論から新しい欲動論を展開する『精神分析入門・続』の2講義ほかを収録。
尚、彼女の友達は全員「北里大学出身」になっている。
Kazumiさんからメッセージが届いています。
Kazumi Muraoka2011年3月5日 6:15
件名: 突然すみません!
実は私、仕事が芸能関係で、某女性タレントとかのマネージャーやってるんです。
今メッセさせてもらったのはタレント本人の希望でどうしてもお話したいと‥。
もしよろしければ少しお時間いただけませんか?
本人は最近まではテレビや取材、雑誌の特集などで忙しく、私から見ても精神的に疲れてるようで・・
お恥ずかしい話、私では彼女をケアできなくて…ここまで心を閉ざすのは初めてなんです。
急なお願いになりますが、彼女を助けてあげてはくれませんか?
実は本人と一緒に友達を探しながら色々辿って見ていたら、
何か感じる所があったらしく、メッセージを出しておいて欲しいな…、と言われました。
私はマネージャーとしてどうにか彼女を支えたいと思い、
事務所に内緒で彼女の要望に答えてあげようと思ったのですが、結局は事務所にばれてしまいました。
当然のことですが、本人がネット上で一般の方に連絡をするようなことは固く禁じられています。
名前も出せないので、本人はfacebookに登録すらすることが出来ません。
ma4@ezweb.ne.jp
ここにメールをしてもらってもいいですか?本人と連絡が取れるように致します。
わたしのfacebookの登録が事務所から見られてしまうと何をしようとしているかが分かってしまう可能性があるので、退会をする予定です。
そうするともうfacebook内で連絡を取る事が出来なくなってしまう為、
メッセージでお返事頂いても私からお返事は返せませんし本人の名前を記録に残るメッセで送ることも出来ないのです。
(名前をネット上で公表したりしてしまった日にはあっさりクビになっちゃいます><)
…もちろん、これは私と本人からの一方的なお願いになりますので、
色々なご事情で彼女と連絡を取って頂くことがご無理であれば仕方ありません。
このままメッセージを削除して頂ければこちらから二度とメッセージを送ることもありませんし、連絡等一切行いません。
でも、来てくれる事を待っています。彼女を助けてください。
ma4@ezweb.ne.jp
メールを頂く事がご無理であればこれでお別れになってしまいますが、また、お会い出来る機会があれば幸いです。
それでは。
自殺、13年連続3万人超 「就職失敗」原因2.4倍
リーマンショック前比較
警察庁は3日、昨年1年間に全国で自殺した3万1690人の年代や職業、原因・動機別の統計を発表した。総数は前年比で1155人(3.5%)減ったが、1998年から13年連続で3万人を超えた。
原因・動機のうち「就職失敗」はリーマン・ショック前の2007年の2.4倍に増え、424人。20代が153人で約4割を占めた。20代は勤務問題にくくられる「仕事の失敗」や「職場の人間関係」でも前年より増加した。
自殺の原因・動機が判明したのは、全体の74%の2万3572人。うつ病や体の病気など「健康問題」が1万5802人(前年比65人減)。
生活苦や負債などの「経済・生活問題」は7438人(同939人減)で1割以上減った。一方で、親子、夫婦の不和など「家庭問題」は4497人(同380人増)で1割近く増えた。
年代別では70代だけが2人増加し、そのほかの全世代で前年より減少した。50代が最も多く、5959人。60代が5908人、40代が5165人、30代が4596人と続いた。前年と比べると50代は8.2%、30代4.1%、20代が6.6%それぞれ減少した。
職業別では無職が最多で1万8673人。次いでサラリーマンなどの被雇用者8568人、自営業者2738人で、自営業者は14.5%減と大幅に減った。
都道府県別では、東京都2953人、大阪府2070人、神奈川県1849人の順。10万人あたりの自殺者数が最も多かったのは山梨県で41.6人。三重県が19.3人で全国で最も低かった。
だれでも、青春の日、人生にはじめてまともにぶつかる瞬間がある。その時、ふと浮かびあがってくる異様な映像に戦慄する。それが自分自身の姿であることに驚くのだ。それはいわゆる性格とか、人格とかいうような固定したものではない。いわば自分自身の運命といったらいいだろうか。
自分自身との対面。考えようによっては、極めて不幸な、意識の瞬間だが。
そのとき人は己れを決意しなければならない。人間誕生の一瞬である。
それからは生涯を通じて、決意した自分に絶望的に賭けるのだ。変節してはならない。精神は以後、不変であり、年をとらない。ひたすら、透明に、みがかれるだけだ。
もちろん貫くには、瞬間、瞬間、待ちうける膨大な障害がある。それはこちらをねじ曲げ、挫折させ、放棄させようとする。だが、そのようなマイナスは、それと徹底的に対決することによって自分を豊かにし、純化し、深める、いわば触媒であるにすぎず、そのたびに己れは太く、強くなるのだ。どんなことがあっても、自分がまちがっていたとか、心をいれかえるとか、そういう卑しい変節をすべきではない。一見、謙虚に見えて、それはごま化しであるにすぎないのだ。
なぜそんなことを、のっけから、むきつけに言い出したかといえば、この前提こそ芸術の本質にかかわるのであり、今日、一般にそのスジが致命的にに失われているからだ。
芸術というのはそのように、ひたすら貫くことによって己れをみたし、そしてついには自然に、明朗にあふれ出るものだと思っている。
多くの人が悔い、迷い、疑い、自他を批判し、干渉し、混乱し、そしてすべてを見失っている。己れを疑い、疑いきれないから他を疑う。また人を疑いきれないで己れを疑う。そんな堂々めぐりがインテリジェンスであり、誠意であるかのような錯覚、それはまた「芸術家」のポーズでさえある。