伊達直人vs菅直人

@Real_Great

『自殺する種子 アグロバイオ企業が食を支配する』 安田節子(平凡社新書、2009年)



自殺する種子―アグロバイオ企業が食を支配する (平凡社新書)

 巨大アグロバイオ(農業関連生命工学)企業が、遺伝子工学を駆使した生命特許という手法で種子を独占し、世界の食を支配しつつある。本書は、工業的農業の矛盾を暴きつつ、その構造を徹底解剖する。グローバリズム経済を超えて、「食」と「農」の新たな地平を切りひらく。

ポール・ヴェーヌ


 1冊読了。


 3冊目『「私たちの世界」がキリスト教になったとき コンスタンティヌスという男』ポール・ヴェーヌ/西永良成〈にしなが・よしなり〉、渡名喜庸哲〈となき・ようてつ〉訳(岩波書店、2010年)/キリスト教を学ぶ上でコンスタンティヌスを避けて通ることはできない。世界の3分の1をキリスト色に染め上げた張本人だ。著者は古代ローマ史の碩学(せきがく)であるとのこと。ま、当たり前かもしれないがイエスと無縁な極東の読者を想定した内容にはなっていない。それゆえ、コンスタンティヌスについての知識がない私のような者が読むと、肯定も否定もし得ないジレンマに陥る。塩野七生〈しおの・ななみ〉に手をつけるしかないか(笑)。巻末の「補論」は飛ばし読み。

ペンタゾシン中毒

 ペンタゾシンの中毒になる人は、意志の弱い人だ、強い精神力があれば、中毒にならない、と言う人があります。それは嘘です。ペンタゾシンの持つ甘い幸福感は、患者の精神力よりはるかに強力です。しかもそれは、どんな痛みでも消し去る、というところから始まるから、甘美(かんび)なのです。現在の医学では、手術のあとの痛みを和(やわ)らげるのに一番用いられているのがペンタゾシンです。それはそれで大変いいのです。問題は、それを何本、何十本と射ち続けているうちに、単なる鎮痛(ちんつう)作用ではなく、溶(と)けるような恍惚感が出現してくるということです。ここへ完全に入りこんでしまったら、もう抜(ぬ)け出すことは大変です。私の場合も、もしあと10本注射を受けていたら、中毒患者になっていたかも知れないのです。


【『飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ 若き医師が死の直前まで綴った愛の手記』井村和清(祥伝社ノンブック、1981年/〈新版〉祥伝社、2005年)】


飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ―若き医師が死の直前まで綴った愛の手記

他人の行動を傍観する視線は独善的なものになる

 きっと他人の行動を傍観している立場の人間は、どうあっても独善的になるものなのだろう。考えてみれば当然の話だ。観察されている人間ほど無防備なものはなく、観察している人間の想像力ほど身勝手なものはないからだ。
 たとえば、雨の日にクルマに乗っていると、傘をさして道を歩いている歩行者が、皆、バカに見える。また、高層ホテルのラウンジのような場所から下を見おろす時など、私は、下界の人間がすべて自分より数等卑小な人間であると思い込んでしまう。
「暑いのにご苦労なことだな」
 と私は、地上を歩いているビジネスマン風を指して言う。
「まるで昆虫だな」
 と、友人が言う。
「虫だって、暑い時は日陰に入るぜ」
 と私が言う。そして、我々はカクテルのお代わりを注文して、どこかの大物になったみたいな気分で椅子の背もたれに寄りかかる……なんとまあ子供っぽい優越感であることだろう。


【『「ふへ」の国から ことばの解体新書』小田嶋隆徳間書店、1994年)】


「ふへ」の国から ことばの解体新書

ポール・ファイヤアーベントが生まれた日


 今日はポール・ファイヤアーベントが生まれた日(1924年)。方法論的アナーキズムを科学や哲学ばかりでなく、合理主義や西洋文明一般にまで推し進め、そこから導いた結論は、単に科学理論ばかりでなく、あらゆる知識について、優劣を論じるような合理的基準は存在しないというものだった。


哲学、女、唄、そして…―ファイヤアーベント自伝 方法への挑戦―科学的創造と知のアナーキズム 知についての三つの対話 (ちくま学芸文庫) 知性の限界――不可測性・不確実性・不可知性 (講談社現代新書)