グレッグ・ルッカ


 1冊読了。


 143冊目『奪回者グレッグ・ルッカ古沢嘉通〈ふるさわ・よしみち〉訳(講談社文庫、2000年)/本日読了。今年はこれで打ち止めか。シリーズ第2作。前作とアティカスの雰囲気が違っていて少々戸惑った。今回は15歳の少女の警護。敵は国特殊部隊SASのチームだ。前半のストーリーがもたつき展開も荒削りだが、それでも面白い。グレッグ・ルッカはまだまだ物語巧者になる余地がある。路線としてはネオ・ハードボイルドになるが、アティカスの心の揺れ具合で好き嫌いが分かれるところだろう。エリカのラストの台詞が泣かせる。ブリジットとの決裂が次作に余韻を残している。何だかテレビドラマ『24』みたいだな(笑)。

謝肉祭

 一説には、謝肉祭は古いゲルマン人の春の到来を喜ぶ祭りに由来し、キリスト教の中に入って、一週間教会の内外で羽目を外した祝祭を繰り返し、その最後に自分たちの狼藉ぶりの責任を大きな藁人形に転嫁して、それを火あぶりにして祭りは閉幕するというのがその原初的なかたちであったという。カーニバルの語源は、この農耕祭で船を仮装した山車 carrus navalis(車・船の意)を由来とする説もある。


Wikipedia


 魔女狩りとの関係はあるのだろうか?

昭和初期のベストセラー『生活の探究』と『生活の発見』

『生活の探究』(島木健作著、昭和12年)の続編が出てさかんに版を重ねていたその年(昭和13年)の秋に、この小説とは趣きを異にした『生活の発見』という書物が出版されて、それもまた1年あまりで十数版を売りつくした。著者は中国からアメリカへ渡った中国人林語堂(リン・ユータン)で、その内容はいかにも中国の文人らしく“生活の哲学”を軽妙洒脱な筆で説いたものだった。『生活の探究』と『生活の発見』、前後してこの4冊(『生活の発見』も続編と合わせ二巻仕立てだった)が、ともにベストセラーとなったことに、私はあらためて興をひかれる。なぜなら、両者はともにけっしてたんなる処世術を、すなわち、うまい世渡りができる技術を教えようとするものではなかったからである。いや、まったく反対である。要領よく人生を生き抜ける術を処世術というなら、この両書はそれとはおよそ正反対な不器用で実用にならぬ、教養の書ともいうべき性格のものだった。だから読者が求めたのは、こうすればこんなにうまくゆく、などといった功利的なノウ・ハウではなく、そんな技術(テクニック)などまったく眼中にない生きることへの根源的な意味への問いかけであり、その解答だったといえる。つまり、人びとは軽薄に生きる技術を、ではなく、真面目に生きる知恵を探究しつづけたのである。


【『生き方の研究』森本哲郎〈もりもと・てつろう〉(新潮選書、1987年)】


生き方の研究

ホセ・リサールが処刑された日


 今日はフィリピン独立の英雄ホセ・リサールが処刑された日(1896年)。処刑前日の夜、妹に遺言となる詩「我が最後の別れ」を手渡した。/さようなら、愛する祖国、太陽に愛された地、/東海の真珠、我らが失楽のエデン!/おまえに喜んで捧げよう、この哀しくやつれた命を。/たとえもっと輝かしく、みずみずしく、華やいだ命だったとしても、/やはりおまえに捧げよう、おまえのために捧げよう。/戦場で死にものぐるいで闘い、/ためらいも後悔もなくおまえに命を捧げる人々もいるのだ。/死ぬ場所は関係ない。殉死の糸杉、勝利の月桂樹、敗北の白ゆり、/刑場か荒れ野か、戦場か苦難か、/どれも同じだ。祖国と家族のためなのだから。/わたしは死ぬのだ。この空が色づき、/闇の黒衣をおしやり、ついに一日が始まる時に。/もし、おまえの夜明けを染めるくれないが要るのなら、/日の出のその時わが血を注ぎ、まき散らすがいい。/そしてその清新な光でわたしの血を金色に輝かせてほしい。


見果てぬ祖国


暁よ紅に わが血もて染めよ フィリピン独立運動の悲運のヒーロー ホセ・リサール