「母親なしで生きられぬ」双子死傷の母猶予判決

 岡山県津山市の自宅で、生後約1か月の双子を殴り死傷させたとして、傷害致死罪などに問われた母親の無職小林真実被告(29)の裁判員裁判の判決が16日、岡山地裁であった。
 高山光明裁判長は「更生に向けての周囲の協力が整っている」などとして懲役3年、保護観察付き執行猶予5年(求刑・懲役5年)の有罪判決を言い渡した。
 判決によると、小林被告は昨年8月21日、自宅で長男の建太ちゃんの頭を平手で数回殴って脳内出血などで死亡させ、さらに同月17〜21日、次男の頭も複数回殴り、重傷を負わせた。
 閉廷後の記者会見で、70歳代の裁判員経験者の男性が、小林被告にはほかに長女、次女もいることから「最初は厳罰と思ったが、公判を通じ母親なしで子どもは生きていけないと思った」と話した。


YOMIURI ONLINE 2010-07-16

七月六日はサラダ記念日


 サラダ記念日は、私の誕生日でもある(笑)。

日本古来の伝統だと思われているけれども、実は明治以後の「新しい概念」「新しい事物」であるもの

インドに歴史文化がない理由

 インド文明には都市があり、王権があり、文字があったのだから、歴史も成立してよさそうなものである。それなのに、歴史という文化がインドについに生まれなかったのはなぜか。この謎を解く鍵は、インド人の宗教にある。
 イスラム教が入って来る前からのインドの宗教では、仏教でも、ジャイナ教でも、ヒンドゥ教でも、輪廻(サンサーラ)の思想が特徴である。六道の衆生(天、人、阿修羅、畜生、餓鬼、地獄の6種類の生物)は、それぞれの寿命が終わると、生前に積んだ業(カルマ)の力によって、あるいは上等、あるいは下等の生物の形を取って生まれ変わり、一生を再び最初から最後まで経験する。この過程は、繰り返し繰り返し、永遠に続くのである。この考え方で行くと、本来ならば歴史の対象になる人間界の出来事は、人間界の中だけで原因と結果が完結するのではなくて、神や、鬼や、幽霊や、ほかの動物や、死者たちの、人間には知り得ない世界での出来事と関連して起こることになる。これでは歴史のまとまりようがない。その上、この考え方では、時間の一貫した流れの全体は問題にならなくて、そのどの部分もそれぞれ独立の、ばらばらの小さなサイクルになってしまう。つまり、初めも終わりも、前も後もないことになって、ますます歴史など、成立するはずがない。
 もう一つ、インド文明に歴史がない原因として考えられるのは、カースト制度の存在である。カースト制度の社会の生活の実感では、自分と違うカーストに属する人間は、同じ人類ではなく、異種類の生物である。しかもそのカーストは際限なく細分化して、ほとんど無数にあるものなので、カーストの壁を越えた人間の大きな集団を扱うのが性質の歴史は、こういう社会ではまとまるはずがない。カーストを認めないイスラム教が入って来て、初めてインドで歴史が可能になったのは、その証拠である。


【『世界史の誕生 モンゴルの発展と伝統』岡田英弘(ちくまライブラリー、1992年/ちくま文庫、1998年)】


世界史の誕生 (ちくま文庫)

黒澤明の口癖

「眼から血を吹くような思いをしたか!」
 黒沢明の仕事の時の口癖だという。


【『タレントその世界』永六輔文藝春秋、1973年/文春文庫、1977年)】


タレントその世界