ダニエル・ベル


 1冊挫折。


 挫折51『二十世紀文化の散歩道』ダニエル・ベル/正慶孝〈しょうけい・たかし〉訳(ダイヤモンド社、1990年)/A5版でおよそ700ページという大冊。梅雨時に読めるような代物ではない。80ページほど読んでやめる。『イデオロギーの終焉』と『脱工業社会の到来』を先に読んでおいた方がよさそうだ。

書籍と電子テキストの違い

 本はみな、電子メールやそれに類した手軽な情報にはない、独自のリズムと一種の身体的な親密さをもっている。過剰なメディアはしばしば、情報と理解を混同する。追いまくられている気分のときに、本は奇跡のように、内省や熟考や精神的休息のための時間を拡大してくれる。


【『共感覚者の驚くべき日常 形を味わう人、色を聴く人』リチャード・E・シトーウィック/山下篤子訳(草思社、2002年)】


共感覚者の驚くべき日常―形を味わう人、色を聴く人

大日本帝国は軍国主義のためではなく官僚主義のために滅んだ/『歴史を精神分析する』(『官僚病の起源』改題)岸田秀


 ある時代の常識が、時を経て異様な姿となって現れてくることは決して珍しくない。むしろ多いくらいだ。岸田秀はこれを「共同幻想」としてバッサバッサと斬り捨てている。


 岸田によれば「アメリカは強迫神経症強迫性障害)」で「日本は精神分裂病統合失調症)」ということになる。ま、有り体にいえば「ほとんどビョーキ」ってことだ(笑)。


 唯幻論の魅力は「物語性を粉砕する破壊力」にある。歴史や文化は堅牢な城壁のように立ちはだかるが、鋼(はがね)にはかなわない。穴を空けられてしまえば脆(もろ)くも崩れる。


 歴史は戦争に集約されると考えれば、岸田の分析は歴史が動く本質を見事に捉えており、自衛隊の教科書に本書を採用すべきだ。

 わたしがかねてから主張しているように、大東亜戦争における日本軍の惨敗の原因は、物量の差ではなく(物量の差のために敗れたというのは軍部官僚の卑怯な逃げ口上である。軍部官僚が言葉の真の意味での軍人の名に値しないのは、その卑怯さからも明らかである。物量の差のために必然的に敗れるのであれば、そのような戦〈いくさ〉はしなければよかったのである。それに、ミッドウェイ海戦のように、物量的にアメリカ軍より優位にあったときも日本軍は惨敗している)、ましてや兵士たちの戦意や勇気の不足ではなかった(歴史上、この前の戦争における日本兵ほど身を犠牲にして懸命に戦った兵士がほかにいたであろうか)。
 最大の敗因は全体的戦略の欠落と個々の作戦のまずさであり、それは軍部官僚の責任なのである。
 そして、この点が重要なのであるが、軍部官僚の失敗は軍人であるがゆえの失敗ではなく、官僚であるがゆえの失敗であった。大日本帝国軍国主義のためではなく、いわば官僚主義のために滅んだのである。軍国主義のためではなく、官僚主義のために310万の日本人と1000万以上(推定)のアジア人が死んだのである。
 もし当時の日本を支配していたのが、軍部官僚ではなく、政治の延長として軍事力を用いる非官僚的な軍国主義者、すなわち、彼我の軍事力のバランスを冷静に検討し、作戦の合理性を重視する軍国主義者であったとすれば、日本は戦争に突入していなかったかもしれないし、突入しても傷の浅いところで早目に切りあげていたかもしれない。
 戦後のわれわれはその点を見ず、単純に軍人に任せたのがよくなかったと考え、軍というものに病的な恐怖反応を示し、一部の者は、軍隊かどうか疑わしい自衛隊がいささかの発言権を持つのさえ恐れるが、それは敵を取り違えているのであって、真に恐れなければならないのは官僚なのである。


【『歴史を精神分析する』岸田秀〈きしだ・しゅう〉(中公文庫、2007年/新書館、1997年『官僚病の起源』を改題)】

 岸田が太平洋戦争ではなく「大東亜戦争」と記しているのは、ただ単にGHQの検閲を嫌ったためだろう。ここは歴史認識を追求すべきところではない。


「戦争は官僚によって敗れた」――この指摘はあらゆる組織に適用できそうだ。大宇宙の変転は成住壊空(じょうじゅうえくう/四劫)のリズムを奏でる。住劫(じゅうこう)から壊劫(えこう)へ至る澱(よど)み、腐敗を象徴したのが「官僚」と考えられる。


 そうすると、あらゆる集団・組織の衰えは「官僚化」で計ることが可能かもしれない。官僚は特定の階層に忠誠を誓うロボットである。官僚の行動原理は保身だ。


 政権交代をしてからというもの、政治家と官僚との綱引きが続いていると囁かれている。実態は不明だ。この国では長らく政治家が有名無実の存在と化して、法案作りに至るまで官僚が行ってきた。政治家が作るとあまりにも珍しいので「議員立法」と表現されるほどだ。


 日本国民が最も理解し難いことの一つに、「どうしてこれほどまでにアメリカに頭が上がらないのだ?」という疑問がある。「いくら何でも3発目の原爆は落とされないだろう」とは思うものの、やくざ者にみかじめ料を払う飲み屋のマスターみたいな態度を日本は取り続けている。


 ひょっとしてあれか? 敗戦後、GHQに占領された頃から、官僚は何がしかの因果を含められているのか? 米国に対して犯すまじき不文律が山ほどありそうな気がする。


 元大蔵官僚の高橋洋一なんかが典型と思われるが、彼等は自分の頭のよさに酔い痴れているところがあり、罪悪感というものを持ち合わせてない。でもって妙な明るさがある。明らかなソシオパス傾向が見受けられる。分析には長(た)けているのだが、自己分析が全くできていない。というよりも自己分析という視点を欠いているのだ。


 つまり、官僚は「国家における自我」と想定することができる。官僚がのさばるということは「自我が肥大した状態」を示しているのだ。ソシオパスが二乗された時、肥大した自我は肥大した欲望のままに暴走を始める。


 恐るべきは軍国主義ではなく官僚主義であった。そう考えると吟味することもないまま鵜呑みにしている事柄があまりにも多い。先入観や強い思い込みは認知バイアスとなって情報をデコレーションする。一人ひとりの認識の差異を埋めるものこそが共同幻想であろう。そして歴史は共同幻想の城と化す。


 歴史の記述や叙述には必ず政治性が盛り込まれている。その嘘を見抜く確かな目を養わなければ、ファシズムに迎合するような自分になってしまうだろう。


官僚病の起源 歴史を精神分析する (中公文庫)
(※左が単行本、右が文庫本)

「ブラックボックス」仕組み債、手数料が金利上回る−RBSなど組成

 英銀ロイヤル・バンク・オブ・スコットランド・グループ(RBS)や米JPモルガン・チェース、英バークレイズが組成した一部の仕組み商品で、金利よりも販売手数料が高くなる現象が起きている。不透明なこうした金融商品の販売には監督当局も厳しい監視の目を光らせている。
 RBSは今月15日、3カ月物のリバース転換社債を販売するブローカーの手数料率を2.75%としたが、これは2.56%の利回り見通しを上回った。目論見書で明らかになった。また、JPモルガンが先月に設定したシティグループ株に関連する同年限のリバース転換社債の手数料率は5.25%で、これも金利の5%を超えた。バークレイズが手掛けた商品では手数料率が利率の2%と同水準だった。
 USトラスト(ニューヨーク)で仕組み債販売を監督した経歴を持つデュラジ・テース氏は、リバース転換社債で販売手数料が利回り見込みを上回るのは「めったにない」と指摘する。ブルームバーグの集計データによると、米国で5月に販売された同仕組み債は4億6000万ドル(約412億円)相当で、公表された手数料は半年で平均2%だった。
 同氏は「顧客が期待できるリターンを販売手数料が上回るのは考えられないように思われる」と指摘し、「リターン見通しを上回る手数料を支払うとすれば、そうした社債はアドバイザーとして勧められない」と付け加えた。
 米金融取引業規制機構(FINRA)はリバース転換社債を含む仕組み債の販売を優先検査対象としている。3月1日のブローカー向け書簡で明らかにした。
 RBSJPモルガン、バークレイズの広報担当者はいずれもコメントを控えた。
 リバース転換社債は一般的に金利が通常の社債を上回る。満期になると参照銘柄としている株式で償還され得るこの仕組み債を購入するリスクは、ダウン・アンド・インと呼ばれるノックイン・オプションが同証券に組み込まれていることだ。このオプションは取引所で公式に取引されないため、コンピューターモデルがなければ評価が困難だ。
 キャボット・マネー・マネジメントのポートフォリオマネジャー、ウィリアム・ラーキン氏は、RBSの米アルコア株に連動するリバース転換社債は通常の社債よりも金利が良いとした上で、「いろいろと組み込まれたブラックボックス商品を買うよりも、普通の社債を購入すれば決まった期間に決まった金利を得られる」と話している。


ブルームバーグ 2010-06-24

「さよならの世界」上條恒彦


 第4回世界歌謡祭(1973年)歌唱グランプリ受賞曲(作詞・作曲:世良基)。今聴いても痺れる。当時小学生だった私は「大人って凄いな」と心の底から思った(笑)。


上條恒彦 コレクション

一般人が破壊的なプロセスの手先になる

 おそらくこれが、われわれの研究の最も根本的な教訓だろう。特に悪意もなく、単に自分の仕事をしているだけの一般人が、ひどく破壊的なプロセスの手先になってしまえるということだ。さらには、自分の作業の破壊的な効果がはっきり目に見えるようになっても、そして自分の道徳の根本的な基準と相容れない行動をとるよう指示されても、権威に逆らうだけの能力を持つ人はかなり少ない。権威に服従しないことに対する各種の抑止力が働くために、その人物は自分の立ち位置を変えることはない。


【『服従の心理』スタンレー・ミルグラム山形浩生〈やまがた・ひろお〉訳(河出書房新社、2008年/同社岸田秀訳、1975年)】


服従の心理