「恋人がサンタクロース」

 12月になると、街にユーミンの歌声が溢れかえる。これは、もう10年も前から進行しているこの国の病気のようなものだ。
 なかでも「恋人がサンタクロース」というあの不穏な主張を含んだ歌は、最も高い頻度で、まるでシュプレヒコールみたいに脅迫的な調子でスピーカーから連呼される。
「ふざけるな、女に尽くすだけが男の甲斐性だってのか?」
 まだ20代だったころ、私はこの歌に出てくるサンタ野郎に大いに反発して、「恋人が編んだズロース」という替歌を作ったことがある。恋人のために毛糸のズロースを編む男の哀れな姿を描写した歌だ。
 いい歌だった。
 が、だれもほめてくれなかった。
 何人かが片頬で笑っただけだった。


【『仏の顔もサンドバッグ』小田嶋隆JICC出版局、1993年)】


仏の顔もサンドバッグ

大野純一


 1冊読了。


 124冊目『クリシュナムルティの教育・人生論 心理的アウトサイダーとしての新しい人間の可能性』大野純一著編訳(コスモス・ライブラリー、2000年)/クリシュナムルティ3冊目。ススナガ・ウェーラペルマには若干かなわないが、それでも大野の解説は気魄(きはく)のこもったもので、心を打たれる。クリシュナムルティが「現代のブッダ」と呼ばれたのも得心がゆく。真の対話、真の英知、真の目覚めが脈打っている。それでいて、クリシュナムルティはグル(導師)となることを拒絶しているのだ。一切の束縛を打破し、自分自身の中に必ず答えがあると教えている。我々に真実が見えないのは、ありとあらゆる「条件づけ」に支配されているためだ。

2009年10月のアクセスランキング


順位 記事タイトル
1位 日本は「最悪の借金を持つ国」であり、「世界で一番の大金持ちの国」/『国債を刷れ! 「国の借金は税金で返せ」のウソ』廣宮孝信
2位 ジニ係数から見えてくる日本社会の格差/『貧乏人のデイトレ 金持ちのインベストメント ノーベル賞学者とスイス人富豪に学ぶ智恵』北村慶
3位 山崎豊子の盗作疑惑
4位 その男、本村洋/『裁判官が見た光市母子殺害事件 天網恢恢 疎にして逃さず』井上薫
5位 アインシュタインを超える天才ラマヌジャン/『無限の天才 夭逝の数学者・ラマヌジャン』ロバート・カニーゲル
6位 昭和の脱獄王・白鳥由栄/『破獄』吉村昭
7位 少年兵は流れ作業のように手足を切り落とした/『ダイヤモンドより平和がほしい 子ども兵士・ムリアの告白』後藤健二
8位 ルワンダ大虐殺 世界で一番悲しい光景を見た青年の手記レヴェリアン・ルラングァ
9位 巧みな介護の技/『古武術介護入門 古の身体技法をヒントに新しい身体介助法を提案する』岡田慎一郎
10位 そして謎は残った 伝説の登山家マロリー発見記』ウィリアム・ノースダーフ

民族という概念は「創られた伝統」に過ぎない/『インテリジェンス人生相談 個人編』佐藤優


 まずは、1050円という値段に抑えた扶桑社に拍手を送りたい。文章で行う人生相談は不利なところがある。相手の表情や声がわからないためだ。それゆえ答える側はどうしても一般論に傾きやすい。私は今まで開高健北方謙三のものを読んだが、面白かったという記憶がない。雑誌で連載される以上は「読み物」となるため、相談も答えも散漫で無責任だと読むのが苦しい。本当は作家の別な顔にスポットライトを当てるのが編集部の目的なのだろう。


 売れっ子作家という点では共通しているが佐藤優は違う。何と言っても佐藤は獄に繋(つな)がれた経験がある。権力との攻防に身をさらした人物は、一線を画した人生観・社会観を見出す。それは、彼等がビッグ・ブラザーを知ってしまったがためだ。


 佐藤の博覧強記と国際センスはいつもと変わらない。人々の相談に対して国際情勢を語り、神学を引用し、全力で応じている。佐藤が本気であることはページをめくって直ぐに気づく。「求婚されているが躊躇している」という女性からの相談に対し、「手鏡で自分の顔とオマンコをよく見ることです」(趣意)と答えているのだ。佐藤は決して馬鹿にしているわけではなく、「現実を知れ」という強烈なメッセージが込められている。そしてそれが、「もっと素敵な男性が現れるかもしれない」と考えている女性の甘さや思い上がりを一刀両断するのだ。このように、佐藤は実務家としての態度を貫いている。


 対中憎悪を持つ若者からの質問に対しては、次のように応じる――

 人間は自らの利害得失を冷静に計算できなくなると、周辺に次々とトラブルを呼び寄せるようになります。


【『インテリジェンス人生相談 個人編』佐藤優〈さとう・まさる〉(扶桑社、2009年)以下同】

 民族という現象は実に厄介です。誰にでも眼、鼻、口、耳があるように、民族的帰属があると考えるのが常識になっていますが、このような常識は、たかだか150年か200年くらいの歴史しかないのです。アーネスト・ゲルナーたちの研究(※『民族とナショナリズム岩波書店、1983年)の結果では、民族というものが近代的な現象であると、はっきりとした結論が出ています。民族的伝統と見られているものの大半が過去百数十年の間に「創られた伝統」に過ぎないのです。


 アイデンティティがあやふやな人々の砦(とりで)は国家となる。「お前は何者なんだ?」と尋ねられた時に、「俺は日本人だ」という程度の規定しかできないからだ。彼等には確固たる自分がなく、「俺は俺だ」と大きな声で言うことができない。


 日本人としての自覚は、外国を意識することで生まれる。歴史を振り返ってみよう。日本人が嫌でも日本人を意識したのは、間違いなく「戦争」の時だ。国威発揚国旗掲揚、戦意高揚、欲しがりません勝つまでは、ときたもんだ。で、最後は一億玉砕。つまり、国家と命運を共にするということは自滅することを意味しているのだ。俺は嫌だね。


 国家は戦時において死ぬことを強要し、平時において税金収奪装置として機能する。証拠を一つ示そう。我々は自分が支払っている税金の総額を知らない。所得税や住民税は知っているものの、ありとあらゆる財やサービスに含まれる税率を自覚していない。酒類や煙草に至っては二重三重の税が掛けられている。


 権力者は民族主義が大好きだ。国民がまとまってくれるからね。それゆえ、国家周辺で諸外国の不穏な動きが起これば、実に好都合だ。口角泡を飛ばして危機感を煽り、専守防衛に備え、国内における外国人犯罪をフレームアップすることに余念がない。


 敵は多ければ多いほど好ましい。国民の民族意識はいやが上にも高まる。そして、右翼の街宣車はボリュームをアップしながら街中を疾走する。


 私は日本人である。だが、これは私が選択したものではない。将来、私がアメリカ人になることも、中国人になることも可能性としては残されている。そもそも、DNAのレベルでは民族的な違いというものが確認されていない。


「お前にも日本人の血が流れているはずだ」――確かにそうなんだが、実は過去にフランスで輸血をしてもらったことがある(ウソ)。


インテリジェンス人生相談 [個人編] インテリジェンス人生相談 [社会編] 民族とナショナリズム