『脳のなかの幽霊』V・S・ラマチャンドラン、サンドラ・ブレイクスリー/山下篤子訳


 長らく品切れとなっていたが、増刷されたようだ。



脳のなかの幽霊 (角川21世紀叢書)

 切断された手足がまだあると感じるスポーツ選手、自分の体の一部を人のものだと主張する患者、両親を本人と認めず偽者だと主張する青年――著者が出会った様々な患者の奇妙な症状を手がかりに、脳の仕組みや働きについて考える。さらにいろいろな仮説をたて、それを立証するための誰でもできる実験を提示していく。高度な内容ながら、一般の人にも分かりやすい語り口で、人類最大の問題「意識」に迫り、現代科学の最先端を切り開く。

視覚と脳

 視覚は神経疾患の影響を受けることが多い。それどころか眼は、実は脳の一部なのだ。


【『共感覚者の驚くべき日常 形を味わう人、色を聴く人』リチャード・E・シトーウィック/山下篤子訳(草思社、2002年)】

 網膜から出て脳に向かう視神経の本数はどのぐらいあると思う? 100万本もあるんだ。片目だけでね。100万本ってすごい数だよ。




 言ってることわかるかな? 順番が逆だということ。世界があって、それを見るために目を発達させたんじゃなくて、目ができたから世界が世界としてはじめて意味を持った。


【『進化しすぎた脳 中高生と語る〔大脳生理学〕の最前線池谷裕二朝日出版社、2004年)】

 多くの動物、特にネズミやモグラの視覚は極めて原始的であり、実際のところ視覚がないに等しいにもかかわらず、環境の中で自分の進む方向をかなりうまく見定め、進化的意味での生存を可能にする一般的活動を行うことができる。
 筆者が思うに、この問いの答えはもっとずっと単純で、より深い意味を持つものなのである。すなわち、「視覚は、この世界についての知識を得ることを可能にするために存在する」のである。無論、視覚という感覚が、唯一の知識獲得手段ではない。他の感覚も同じことをしているが、視覚がたまたま最も効率的な機構だっただけである。視覚は知識を得る能力を無限に広げてくれるとともに、顔の表情とか表面の色のような、視覚を介してしか得ることのできない知識をも提供してくれる。(中略)
 この定義こそが、おそらくは神経科学と美術とを結びつける唯一の定義なのである。




 つまり、視覚は能動的な過程なのであり、長い間考えられてきたような受動的な過程ではない。樹木、正方形、直線といった最も単純な対象を捉える視覚でさえも、能動的な過程なのである。
 近代の神経生物学者であれば、画家アンリ・マティスの「見るということはそれ自体で既に創造的作業であり、努力を要するものである」という言葉に心から敬意を払うであろうし、あるいは少なくとも敬意を払うべきであろう。マティスのこの言葉は、生理学的な見地からではなく美術的な見地から語られたものだが、視覚生理学に適用しても十分に通用する表現である。


【『脳は美をいかに感じるか ピカソやモネが見た世界セミール・ゼキ/河内十郎訳(日本経済新聞社、2002年)】

 人間の視覚系は、眼球のなかでゆらめく、断片的なはかないイメージを基礎にして、経験からわりだした推測をするという、驚異的な能力をもっていることがあきらかになった。


【『脳のなかの幽霊』V・S・ラマチャンドラン、サンドラ・ブレイクスリー/山下篤子訳(角川書店、1999年)】


 また、池谷裕二糸井重里著『海馬 脳は疲れない』(朝日出版社、2002年)によれば、上下が逆さに見える眼鏡をかけると、最初はまともに歩くこともできないが、1週間も経てば「その世界」を当たり前のように感じて普通に歩けるようになるという。

命の炎はしっかりと燃えている/『荒野の庭』言葉、写真、作庭 丸山健二


 花の写真集である。丸山健二が一人で作った自宅の庭に咲き乱れる花々だ。庭の写真集ではないので注意が必要だ。言葉は「ついで程度」に記されている。


 昔ながらの丸山ファンから不評を買ってから久しい年月が経つ。庭造りに傾倒するようになってからは、更なる不評を買う始末だ。


 丸山の最大の弱点は「人間を知らない」ところにある。それゆえ、物語の完成度が低くなっているのだ。エッセイ風の小説『さらば、山のカモメよ』(集英社、1981年)を除けば、「不安を拡張」することに重きが置かれているために、どうしてもカタルシスが得られないのだ。カタルシスと言っても、別に「めでたしめでたし」という結末を望んでいるわけではない。


 その意味で丸山は「文体でもっていた」作家であった。古いエッセイは今読んでも十分面白い。ところが、初老に差し掛かった頃から、アナーキズムを礼賛するようになり、それ以降独善に拍車がかかった。ここに「自立」の落とし穴がある。


 人間というのは社会との関わりなしでは生きてゆけない。だから齢(よわい)を重ねると、政治・経済・思想・宗教といった方向に思考が向かう。だが丸山は庭に向かった。次はきっと石になると俺は読んでるよ。そう、宝石だ(笑)。各世代の嗜好というのがあって、異性→食→花・植木→石と老いに伴って変化するのが一般的だ。


 見たこともない美しい花々が次から次と出てくる。「過剰なまでの審美的演出」――これが丸山の美学か。花ではなく、子を育てれば丸山作品もぐっと変わったかも知れない。


 それでも60代半ばとなった丸山は気を吐いてみせる――

 魂までが凍てついたとしても、
 その先にあるのは破滅ではない。
 命の炎はしっかりと燃えている。


【『荒野の庭』言葉、写真、作庭 丸山健二求龍堂、2005年)】


 窓辺に置いたローソクの写真が配されている。花々も命の炎を燃やしながら、じっと冬を忍んでいる。


荒野の庭―言葉、写真、作庭

9歳少女に中絶手術、医師を大司教が「破門」…ブラジル

リオデジャネイロ】世界最大のカトリック人口を抱えるブラジルの北東部ペルナンブコ州で、義父に強姦(ごうかん)され妊娠した少女(9)が今月初旬、中絶手術を受けたところ、カトリック大司教が、中絶に同意した少女の母親と担当医らを破門した。
 医師側は「少女の命を守るため」と反論、大統領も巻き込んだ大論争となっている。
 地元紙によると、少女は同居する義父(23)に繰り返し性的暴行を受けていた。2月下旬に腹痛を訴えて母親と病院に行くと、妊娠4か月と判明。医師は、少女の骨盤が小さく、妊娠を続けると生命にかかわると判断し、今月4日に母親の同意を得て中絶手術を行った。
 ブラジルでは、強姦による妊娠と、母体に危険がある場合、中絶は合法だが、ジョゼ・カルドーゾ・ソブリーニョ大司教は「強姦は大罪だが、中絶はそれ以上の大罪」と述べ、教会法に基づいて医師らを破門。これに対し、ルラ大統領は「医学の方が正しい判断をした。信者の一人としてこのように保守的な判断は残念」と大司教を批判した。
 大司教は「大統領は神学者と相談してから意見を述べるべきだ」としていたが、高まる世論の反発を受け、司教協議会は12日、「大司教は破門の可能性について言及しただけ」との見解を発表した。今後は、破門の有効性が論議を呼びそうだ。
 カトリック信者の多い中南米では、過去にも、強姦で妊娠した少女の中絶の是非を巡り、激しい論争が起きている。


【読売新聞 2009-03-15】


 この「一見清らかに見える“愛”」が、もう一方で憎悪を生むのだ。クリスチャンに二重人格者が多いのもこれが原因だ。ジョゼ・カルドーゾ・ソブリーニョ大司教は、他人を裁く前にまず自分の罪を自覚すべきだ。アメリカにもかようなキリスト教原理主義者が南部を中心に山ほど存在し、ジョージ・ブッシュを支持していた。人工中絶に手を貸した産婦人科医が殺される事件まで起きている。キリスト教の正義は平然と他人を殺す。

侵略者コロンブスの悪意/『わが魂を聖地に埋めよ アメリカ・インディアン闘争史』ディー・ブラウン


 コロンブスが最初の航海に出たのは1492年のこと。当時、地球は丸いと考えられていたが、実際に確認した者はいなかった。中々陸地に到着せず、乗組員が暴動を起こした。彼等は地球が平らな世界だと思っていた。きっと帰れなくなることを恐れたのだろう。


 この時代の航海には「命知らず」の覚悟が求められた。世界はまだまだ未知なるものだった。コロンブスはなぜ海に向かったのか――それは金と地位のためだった。「コロンブスは航海に先んじて、発見地の総督職、世襲提督の地位、発見地から上がる収益の10分の1を貰う契約を交わしていた」(Wikipediaによる)。


 先住民についてコロンブスはスペイン国王に報告した――

「これらの人びとは非常に従順で、平和的であります」と、コロンブスはスペイン国王と王妃に書き送った。「陛下に誓って申し上げますが、世界中でこれほど善良な民族は見あたらないほどです。彼らは隣人を自分と同じように愛し、その話しぶりはつねにやさしく穏やかで、微笑が耐えません。それに、彼らが裸だというのはたしかですが、その態度は礼儀正しく、非のうちどころがないのです」
 当然こうした事柄は、未開のしるしではないにしても、弱さのあらわれとして受けとられ、廉直なヨーロッパ人たるコロンブスは、確信をもって、「これらの人びとが働き、耕し、必要なすべてのことをやり、われわれのやり方に従う」ようにしむけるべきだと考えた。


【『わが魂を聖地に埋めよ アメリカ・インディアン闘争史』ディー・ブラウン/鈴木主税訳(草思社、1972年)以下同】


「われわれのやり方」だってよ。侵略者は本質において暴力団と変わりがない。「われわれ」がクリスチャンを指しているのは明らかだ。なぜなら、その後先住民が「人間であるか否か」がヨーロッパで議論されたからだ。ここで言う“人間”とは、「アダムとイブの末裔(まつえい)」という意味であり、“理性”とはキリスト教を理解できること(つまり神を信じること)だった。


 コロンブスが最初に上陸したのはサン・サルバドル島と伝えられている。「聖なる救世主」という意味だ。最初っから侵略根性丸出し。米軍の作戦名と同じレベルだ。


 私は思う。船に乗った時点で「ノアの箱舟」が彼らの意識にあったのではないだろうか。彼等は選ばれた神の僕(しもべ)であった。箱舟に乗れない人々は死ぬ運命にある。「クリスチャンに非(あら)ずば人に非ず」――かような思い上がりが今でも欧米には存在する。

 こうして、1492年12月12日にコロンブスがサン・サルヴァドル島の岸に足を踏み入れてからわずか10年たらずのうちに、数十万の人びとがほろびてしまったのである。


 コロンブスにとって先住民は単なる労働力に過ぎなかった。利用する対象でしかなかった。キリスト教には侵略(あるいは差別)を正当化する力学が働いている。


 イエスは立派な人物であったことだろう。しかし、聖書はイエスが記したものではない。そこには当然、政治的意向も反映されていることだろう。イエスは多分正しかった。だが、イエスの弟子は道を誤った。キリスト教が犯した歴史上の暴虐を断罪し、欧米が土下座をして許しを請わない限り、人類の新たな歴史は幕を開かない、と私は思う。


 アメリカ人に告ぐ。「カエサルのものはカエサルに、神の物は神に納めよ」(新訳聖書)。先住民のものは先住民に返すのが当然だ。アメリカ人は聖書に背いている。


わが魂を聖地に埋めよ―アメリカ・インディアン闘争史 (上巻) わが魂を聖地に埋めよ―アメリカ・インディアン闘争史 (下巻)