反社会性人格障害の見事な描写/『香水 ある人殺しの物語』パトリック・ジュースキント


 主人公のグルヌイユは、マダム・ガイヤールの育児所に引き取られた。マダム・ガイヤールは明らかに反社会性人格障害だった。

 マダム・ガイヤールはまだ30にもなっていないのに、もうとっくに人生を卒業していた。外見は齢相応にみえた。と同時にその倍にも見えたし3倍にも見えた。100倍も歳月を経たミイラ同然だった。心はとっくに死んでいた。幼いころ、父親に火掻き棒で一撃をくらった。鼻のつけ根のすぐ上。それ以来、嗅覚がない。人間的なあたたかさや冷たさ、そもそも情熱といったもの一切に関心がない。嫌悪の感情がない代わりにやさしさもない。そんなものは、あの火掻き棒の一撃とともにふきとんだ。絶望を知らない代わりに喜びも知らない。齢ごろになって男と寝たとき、何も感じなかった。子どもが生まれたときもそうだった。生まれた子が次々と死んでいっても悲しいとは思わなかった。生き残ったのがいても、うれしいというのではない。夫に殴られているとき、からだをすくめたりしなかった。その夫がコレラのために収容所で死んだとき、ホッとしたりもしなかった。彼女が感じる唯一のものは月経のはじまり。ほんの少しだが気分がめいる。月経が終わると少しばかり気が晴れる。ほかにこの女は何一つ感じない。


【『香水 ある人殺しの物語』パトリック・ジュースキント池内紀訳(文藝春秋、1988年/文春文庫、2003年)】


 死んだ表情、幼児期に振るわれた暴力、極端な感覚の欠落――これらの要素が簡潔にして見事な人生描写で綴られている。結局社会というものは、いつの時代も“本当の意味での個性”を拒んでいることがわかる。「同じ反応」こそ社会が要求する性質だ。


 そしてグルヌイユも同じ種類の人間だった。彼は生まれながらにして善悪の概念を欠いていた。その後、香水作りの天才は匂いを武器に社会を混乱させる。キリスト教社会であることを踏まえれば、グルヌイユは「悪魔」の象徴である。


香水―ある人殺しの物語 香水―ある人殺しの物語 (文春文庫)
(※左が単行本、右が文庫本)