暗闇の速度/『くらやみの速さはどれくらい』エリザベス・ムーン


 近未来SF。主人公のルウは自閉症である。味わい深い文章であるためスラスラ読み進めることができない。文体とストーリー展開が見事に一致している。稀有。難点はただ一つ。時折、語り手が一人称になったり三人称になっているところ。これが少しわかりにくい。


 ルウは製薬会社に勤務し、専門的な研究をしている。会社にとっては障害者雇用補助金をもらえる上、特定の分野で才能を発揮する彼等は一石二鳥ともいえる存在だった。


 ルウは色や数などのパターンを細密に読み解く。にもかかわらず自閉症のため、人の表情を読むことができない。表情と意味がつながらないのだ。会話も苦手である。隠喩はまったく理解できない。言葉に込められた感情がわからないためだ。それでも、職場の同僚である自閉症の面々とは会話が繰り広げられる――

「暗闇の速度ということについてずっと考えている」と私はうつむいて言った。彼らは私が話しているあいだは、たとえちらりとではあっても私を見るだろう。私は彼らの視線を感じたくないのだ。
「暗闇に速度はない」とエリックが言う。「光のないところは単なる空間だ」
「重力が1G以上ある世界でピザを食べるとしたらどんな感じかな?」とリンダが言う。
「わからない」とデイルが心配そうな声で言う。
「わからないということの速度」とリンダが言う。
 私はちょっと考えこむが、その意味が解ける。「知らないということは知っているということより早い(ママ)速度でひろがる」と私は言う。リンダはにこりと笑って首をすくめる。「それゆえ暗闇の速度は光の速度より早い(ママ)かもしれない。光のまわりにいつも暗闇があるのであれば、暗闇は光の先へ先へと進んでいかなければならない」


【『くらやみの速さはどれくらい』エリザベス・ムーン小尾芙佐訳(早川書房、2004年)】


 暗闇は「見えないもの」、光は「見えているもの」を象徴している。新しい自閉症治療が開発された。ルウと同僚は実験モデルになるよう上司から強制される。ここでストーリーはひと山つくり、最終的には希望者だけが治療を受けられることとなる。ルウは思い悩む。


 ダニエル・キイス著『アルジャーノンに花束を』(早川書房、1978年)を「選択後」とすれば、本書は「選択前」に重きが置かれている。


 選択によって人は成長し、堕落する。浅きを去って深きに就くことは中々容易ではない。だが、小さな挑戦を繰り返してゆく中で、ここ一番という場合に肚(はら)を決めることが可能になる。


 人は変わる。よくも悪くも。否、常にそうした変化にさらされているのが人生ともいえよう。我が境涯の地平が開かれた瞬間に、世界も一気に広がりを増す。幸不幸の尺度もおのずと変わってゆく。


くらやみの速さはどれくらい (海外SFノヴェルズ) くらやみの速さはどれくらい (ハヤカワ文庫 SF ム 3-4) (ハヤカワ文庫SF)
(※左が単行本、右が文庫本)