『荒野の庭 言葉、写真、作庭』丸山健二(求龍堂、2005年)


 ま、年を食っても丸山は丸山だが、児玉清の如才なさ、反応のよさ、抑制の効いた誠実ぶりに驚いた。こういう年齢の重ね方は、そうそうできるものではない。





荒野の庭―言葉、写真、作庭

家族の目の前で首を斬り落とされる不可触民/『不可触民 もうひとつのインド』山際素男


 30年ほど前、不可触民はこのように扱われていた――

「この村の不可触民の一人が、地主の虐め方がひどいと抗議したのです。そのときは他の不可触民も一緒にいたので、地主も手を出さなかったのです。
 2〜3日後、地主の手のもの何人かがその農夫の家へやってきて、無理矢理引っ張ってゆきました。彼等はライフルや槍で武装しているので家族や仲間も手が出せなかったのです。
 そいつらは、農夫を村のホールに連れてゆき、予(あらかじ)め打ちこんであった杭(くい)にしばりつけました。
 農夫は必死に大声をあげ、助けを求めました。
 周りには“見物”の村人が総出でつめかけていたのです。家族は人びとの足にすがりついて助けを乞うたのに、だれも見向きもしなかったといいます。
 やつらは、泣き叫ぶ家族の目の前で、鶏の首を打ち落とすように、斧(おの)で農夫の首をはねてしまいました。
 しかも、その人殺し共は、屍体の始末をその農夫の家族にやらせたのです。
 わたしたちが駆けつけたときには、杭はありませんでしたが、地面は血を吸ってどす黒い跡を残していました。
 首のない亡骸(なきがら)を前に、わたしも男泣きに泣きました」
「警察は、どうしたのです?」
「きません」
「どうしてです?」
「通報するものがいないからです。暗くなって、われわれダリッツ支部に知らせにくるのがやっとだったのです」
「……」
「警察にはわれわれが届けました。村の不可触民は後の報復を怖れて警察にもいけないのです。
 われわれは、州首相にも報告書を提出しました。
 裁判にはかけられるでしょうが、地主が実刑をくらうことはまずないでしょう。その地主は大変な金持ちで、警察や政府関係者を完全に買収していますから ね。
 州政府はこの事件に関して未だに返事を寄こさず、なしのつぶてです」


【『不可触民 もうひとつのインド』山際素男〈やまぎわ・もとお〉(三一書房、1981年/光文社知恵の森文庫、2000年)】


 私は生まれて初めて「戦争をすべきだ」と思った。「インドは滅ぶべきだ」とも思った。人道に関する罪に対して取り締まることのできる「国際警察組織」が必要だ。そうでなければ、いつまで経っても世界はチェ・ゲバラを必要とするだろう。


不可触民 もうひとつのインド 不可触民―もうひとつのインド (知恵の森文庫)
(※左が単行本、右が文庫本)

早期リハビリの危険性/『リハビリテーション・ルネサンス 心と脳と身体の回復 認知運動療法の挑戦』宮本省三


 早期リハビリの危険性に関する情報。ま、参考程度にしてもらいたい。

 早期リハビリテーションと称して急性期に早期起立や早期歩行を求めると、脳の自然回復を遅らせる可能性がある。さらに、早期起立や早期歩行は「痙性(spasticity)」という異常な緊張感を増悪させる主原因となる。痙性がどれほど患者の動きを制限するか、また一度発現するとその異常な筋緊張の制御がどれほど困難であるかは、臨床で働くセラピストなら誰もが知っているはずである。


【『リハビリテーションルネサンス 心と脳と身体の回復 認知運動療法の挑戦』宮本省三(春秋社、2006年)】


 宮本省三の文章はことごとくこんな調子だ。「脳の自然回復を遅らせる可能性がある」→「早期起立や早期歩行は痙性の主原因となる」→「痙性が大変なのは周知の事実」――具体的な因果関係を示すことなく、あたかも関連性があるように書いている。


 まず、「可能性」の程度が不明だ。次に、「痙性の主原因」となる根拠が示されていない。そして、「セラピストなら誰もが知っているはず」という牽強付会ぶり。


 極めて悪質な文章だが、これがもし事実であるとすれば、早期リハビリが麻痺を促進していることになる。それゆえ、情報としては価値ありと判断した。


リハビリテーション・ルネサンス―心と脳と身体の回復、認知運動療法の挑戦