奴隷根性を支える“無気力”〜ドストエフスキー『死の家の記録』より

 実際、わが国にはいたるところに、その境遇や条件のいかんを問わず、常にある不思議な人々、温順で、間々ひどく勤勉だが、永久に貧しい下積みから浮かび上がれないように運命によって定められている人々がいるものだ。これからもおそらくあとを絶たないだろう。彼らはいつも素寒貧で、いつもきたない格好をして、いつも何かにうちのめされたようないじけた様子をして、年じゅうだれかにこきつかわれて、洗濯や使い走りなどをやらされている。およそ自分で何かを考えて、自分で何かをはじめるなどということは、彼らにとっては苦労であり、重荷なのである。彼らはどうやら、自分からは何もはじめないで、ただ他人につかえ、他人の意思で暮らし、他人の笛でおどることを条件として、この世に生まれてきたらしい。彼らの使命は、他人から言われたことをすることである。それに、どんな事情も、どんな改革も、彼らを富ませることはできない。彼らはいつの世も貧しい下積みである。わたしの観察では、こういう人間は民衆の中だけではなく、あらゆる社会、階層、党派、新聞雑誌社、会社などにもいるものである。


【『死の家の記録ドストエフスキー新潮文庫)】


 ドストエフスキーは囚人達の姿をこのように表した。無気力な奴隷根性を見事なまでに喝破している。唯々諾々(いいだくだく)と人の指示に従っている内に、自分が求めていること、望んでいること、やりたいことを見失った姿に他ならない。その心を覆っているのは不平不満の毒ガスだ。そして足音も立てずに無気力がやって来る。


 V・E・フランクルは『夜と霧』(みすず書房)の中で、アウシュヴィッツを初めとする強制収容所において、無気力は文字通りの“死”を意味したと記している。


 私が中学ぐらいの頃であったろうか“三無主義”という言葉が巷間を賑わした。今時の子供(1980年前後)は、無気力、無関心、無責任だ、という内容。言われた側としては、自分達よりも前の世代と比較してそのように言われているのだから、甘んじて受け入れるしかなかったなあ。昨今の“17歳”のハシリと考えてもらえば宜しいだろう。


 無気力は“生きながらの死”だ。生の象徴である赤ん坊を見よ。一時(いっとき)もじっとしていることがない。人間ってえのは生まれた時が一番、元気なのかも知れんなあ。


 私が出す得意なクイズに「奴隷にないモノ、なあ〜んだ?」ってのがある。一番、多い答えは“お金・財産”。ま、確かに。次は“自発・能動性”“自由”と続く。大体、普通の人はここらで行き詰まる。数少ない人達が言い当てたのは“誇り”。そして、いまだかつて誰も答えたことがないのは“責任”。


 ここに挙げたモノが欠如していれば、それは奴隷根性と言われても止む無し。現実の牢獄は何年間かすれば出ることができるが、心の牢獄はそう簡単にはいかない。


 サラリーマン諸氏よ、仕事の奴隷となってはいないか? 願わくは、仕事の鬼であられるよう望みたい。